【出向起業|体験談】Blue Farm株式会社 代表取締役社長 青木 大輔
起業を見据えたキャリア形成
―― 青木さんのキャリアから教えていただけますか。
大学時代から経営者になりたいと思っていて、将来的な起業を視野に入れたうえでキャリアを考えていました。ちょうどコムシスホールディングスが持ち株会社としての第一期の採用だったこともあり、色々なことを経験できる環境を求めて入社しました。実際に新規事業開発や事業投資、IRなど多様な業務に携わってきて、直近では米国にMBA留学もさせてもらいました。
―― MBAから帰国後、どういった経緯で起業されることになったのでしょうか。
IR業務に携わる中で、機関投資家と対応する機会も多い立場だったのですが、投資家の中では“ESG””SDGs”の話が頻繁に上がっていました。投資家の応接室などに行きますと、やはり意識が高い方はペットボトルのお茶は出しません。そういった光景はアメリカ留学中にもよく出くわして、グローバルの環境意識はどんどん高まっていることを実感しました。
GAFAのような海外企業から、データセンターを再生エネルギーで運営したいという要望は普通にでてきます。そんななか、データセンターの建築を受注しようとしている会社が、普通に会議でペットボトルのお茶を出したら、仕事は取れませんよね?現状の意識のままでは日本の上場企業が資金調達力の面で競争力を保てなくなるのではという危機感を感じており、何かできないかということで、起業を検討し始めました。
―― 事業の概要を教えていただけますでしょうか。
一言で言うと、企業にとってお茶を“買うもの”から“作るもの”にする事業です。お茶を栽培する環境を企業向けに提供して、現地の生産者に管理を委託します。企業にとっては、”自社製のお茶”として応接等に活用することで“ESG”“SDGs”にもなり、かつ効率的に農業事業に参入できるようになります。生産者にとっては直販先ができることで、利益率を高めることができます。
―― IR業務経験からの気付きに、お茶栽培を繋げるというのは凄いアイデアですね。何か着想を得たきっかけがあるのでしょうか。
実は私は、静岡県藤枝市というお茶の産地の出身なんです。お茶は静岡県全体の基幹産業ですが、山間地を中心として状況は厳しく、私の地元では小学生の頃は100件ぐらいの農家さんがいましたが、今は5件程度。地元の友人や周囲にも何とかしようと動いている人はいるが、うまくいっていないのが現状です。
地元の地域活性化や、お茶産業の再生は私の大きなテーマでした。私がこれまで磨いてきたビジネススキルを、今このタイミングで地元のお茶産業に活かせないかと考えました。これは地域活性化というだけでなく、お茶の市場自体にはチャンスがあると思っているからです。
適切なお客様に適切な価値で提供する
―― お茶の市場はどういう機会や課題があるのでしょうか。
グローバルでグリーンティ市場は今後も成長が見込まれますし、海外では高級オーガニックスーパーでブランドも確立されていて、シリコンバレーではレッドブルの代わりに飲まれています。このようにお茶は“クール”なものという印象を海外では持たれているにも関わらず、国内の現状は先ほどのお話したとおりです。
昔ながらのサプライチェーンで、大量生産大量消費をしていると、良いものを作っても、適切なお客様に適切な価値では買ってもらえないんです。市場は伸びているはずなので、この歪みを改善するだけで、必ず変わってきます。高齢化も進む中、今、やらないと再生できなくなると思いました。
―― どういった形でお茶の生産地や農家を確保していくのでしょうか。
農家に関しては、私自身が自分のプライベートな活動としてお茶の普及活動をしていたので、ある程度生産者とのネットワークができています。農家の高齢化も進んでいますが、課題意識を持った若手も巻き込んでいる状態です。顧客をどう探すかは、まずは所属元企業のリレーションがあるところから実績を作っていきたいと思っています。その上で、ESG対応や農業参入といったメリットを享受できるところにアプローチしていけばスケール化していけるのかなと考えています。
―― 出向起業というスキームを選択した背景はあるのでしょうか。
効率的に事業運営できると思ったのが一番です。所属企業の出向であることで、建設やITのノウハウも活用できますし、営業活動という点では、経済産業省事業に採択されたということも有効だと思います。制度を活用した場合と、自分だけでやった場合、どちらがより事業にとって効果的になるか、その選択の結果です。
―― 所属元企業との“出向起業“交渉はスムーズだったのでしょうか。
私のポジション自体が初めて採用されたポジションで前例がない状態です。自分でキャリアは提案して欲しいと言われていました。以前、太陽光の売電事業では新規事業開発部に属していましたので、新規事業の経験はありましたが、ファイナンスの部分でいうと会社からの借入があったので、完全に自分でというのは今回が初めてですね。
―― 起業を決意したことで何か変化はありましたか。
この活動を通じて、VCなどと話す機会が増えました。外部の方々と話をするなかで、この事業は上場企業も山間地の農業も良くする意義のあるものだと改めて感じるようになりました。会社にいるとついついこじんまりとしてしまいがちで、最初は静岡を良くすればいいか、くらいに考えていたのですが、今は日本全体を良くしたい、世の中を変えられるような企業に成長させたいと思うようになりました。
―― 地元での活動やこれまでの企業でのキャリアが、全て繋がった事業のように感じます。
大企業にいないとできなかった経験も多かったと思います。特にIRとか、機関投資家との面談機会とか、そういう経験ができたというのは大企業に所属していたから。太陽光の売電事業も何百億規模の調達をして投資をしていくという規模感の事業をやらせてもらえたことも大企業にいたからこそですね。
ただこれだけ既存事業から外れたビジネスになると、効率的に回すという既存事業の観点では判断がつかなくなるので、このタイミングで外に出てやるという機会を得られて良かったなと思っています。
”ESG”課題への対応を通じて、企業として長期的な成長を目指す
―― 今後、事業はどのように進めて行かれますか。
まず直近は地元のネットワークのあるところから実績を作っていくフェーズですね。上場企業5社ぐらいを顧客に持てたら、藤枝市の山間地の農地がまずは再生できると思っています。
コアとなる生産者と仕組みを作って、高年齢が進む農作業者の受け皿としての機能も担っていかないといけない。そういう部分では株式会社化して集まってやろうとしているところもありますので、地元の成功事例をみながら進めていきたいです。そういう人を巻き込みつつ、事業を活性化していきたい。そして静岡から日本全国の山間地にスケールしていく、そしてお茶だけでなく他の作物にも広げていきたいですね。
あと、勘違いされそうになるのですが、慈善事業とESG対応は違います。ESG対応は、リスクを減らして長期的な競争力が得られるものであるべきですので、企業の長期的なメリットが十分に示せるものを目指します。
―― お茶の次は具体的な候補があるのでしょうか。
そこはまだ検討中ですね。地元の静岡でいうと、同じような状況で廃れてしまった農作物でいうとみかんがあります。美味しい品種があるんですが、高齢の方が栽培を始めても実るのは5年後、ある程度若い人でないと回収できませんので、なかなか投資に踏み切れない。このスキームで売り先が確保できれば、その課題が解決できる可能性はあるのかなと思っています。
―― 大企業の中で新規事業をやってみたいと考えている方にメッセージをいただけますか。
社内でやるにせよ、出向起業をするにせよ、関係者を説得するというプロセス自体、起業家として試されている部分が多いのかなと思っています。有益な情報を得るために感度を高めておくことも必要ですし、誰にどういうふうにアプローチしていけば説得できるか、納得を得られるかをある意味”戦略的”に動くことも重要だと思います。
今の会社にとっても、自分にとっても、社会にとっても、いいインパクトを与えられる事業であると感じられるのであれば、動いてみてはどうでしょうか。
青木 大輔(あおき だいすけ)氏
2009年にコムシスホールディングス株式会社入社。
入社後は新規事業開発、事業投資、IR、M&A等を経験。2017年よりCollege of William & Maryに留学し、MBAとMaccを取得。帰国後、所属企業の経営企画部を経て、2021年にBlue Farm株式会社を創業。代表取締役社長に就任。
「企業のESG対応を促進するお茶栽培環境提供事業」について
中山間地域では高品質な茶葉の生産に適し、伝統的産地が多いものの、茶栽培面積は急速に減少しています。生産者の年齢構成を考慮するとその傾向は増す可能性が高く、存続の危機に瀕しています。
山間地の生産者の事業継続、伝統的な茶産地の機能維持や企業の農業市場への効果的・効率的な参入を可能にするために、本事業では、山間地の農家からお茶を生産できる環境を調達、効果的なお茶の栽培環境を企業側へ提供することで、農家・申請者・企業の3者で企業が消費するお茶を生産していくパッケージ化の検討を行います。
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