カーブアウトスタートアップ設立への準備(スキルセット編)|大企業におけるカーブアウトの意義と出向起業 #6
こんにちは。みらい創造機構の高橋です。
本連載の第六回目となる本記事では、皆様が出向起業/カーブアウトスタートアップの設立するにあたって、準備しておくべき具体的なビジネススキルを整理したいと思います。(前回の記事はこちら)
起業と企業内での業務の違いとして、一番に思いつくのは資金調達に関する取り組みではないでしょうか。普段の業務においても、社内の予算を獲得し新規事業を立ち上げることもあると思いますが、外部の投資家向けに事業計画を説明し資金調達をする機会は少ないように思います。
本稿では、資金調達を実施するプロセスに沿って、必要なスキルを議論させて頂きます。
1.資金調達に関するスキルセットについて
1.1 資金調達の必要性についての検討
資金調達を始める上で、始めに(逆説的ではありますが)資金調達が本当に必要であるか、しっかりと考えることが重要です。事業会社の内部での意思決定としては、始めから目指す事業規模があり、必要な人員がアサインされ、都度予算を獲得しているケースが多いのではないでしょうか。
一方、起業においては、必ずしも事業を大きくすること自体が求められるわけではありません。共同創業者を含むメンバーの自己資金で始め、自身の取り組みたい事業に専念する、という起業のスタイルも大変素晴らしいと思います。
また、利益がしっかり出るように少しずつ事業を大きくし、時間がかかったとしてもIPOや大手企業との資本提携を目指す、という選択もあると思います。
ただし、競争の激しい領域で、自分のアイデアや技術を世の中に普及させたい、と思うのであれば、株式による資金調達が必要になるのではないでしょうか。その際に初めて、どうやって資金調達を実現するか検討を進めるのが良いと思います。
ですので、資金調達をする前(理想的には起業をする前)に求められるスキルとしては、市場分析・競合分析に関するスキルが挙げられます。企業内での業務でも求められるスキルかと思いますが、是非とも自分事として目の前のビジネスをしっかり分析してみることから始めるのが良いのではないでしょうか。
1.2 投資家の目的に沿った事業計画の作成
株式による資金調達を決めた後は、資金調達を達成するための事業計画を作る必要があります。勿論、普段の業務においても事業計画を作ることは多いかと思いますが、スタートアップの資金調達に必要な事業計画と、大企業の事業計画では、目的や重視するポイントが異なります。
企業内における事業計画では、過去の実績に基づいた足元の根拠ある数値計画が求められることが多いです。また一般に達成できない場合を考慮し、かなりコンサバティブに計画を立てる傾向にあるのではないでしょうか。
一方、投資家がスタートアップの事業計画を見る場合、ビジネスの将来性や成長性、社会的なインパクトを重視する傾向にあります。特に、IPOやM&AといったExitイベントが発生する5ないし10年後の数値計画を評価しますので、根拠よりも、具体的な顧客がお金を払うインセンティブ等、ストーリーと市場規模が重要になります。
そのため、4P/5Pと呼ばれる、Product、Price、Place、Promotion、並びにPersonの観点から戦略を構築するような、マーケティングのスキルは学んでおいて損はないでしょう。その際は机上の分析で留めず、実際の顧客/ユーザ候補へのインタビューを繰り返す事で、具体的かつ生々しいストーリーを構築してもらえればと思います。
また、構築されたストーリーを数値計画に落とし込む会計のスキルも重要です。特に資金調達の際は、ディティールに拘るよりも、大きなビジネスモデルとコスト構造を検討するのが基本となります。
1.3 Exitまでのマイルストーンの設定
Exitまでの事業計画が定まりましたら、次はExitに向けてマイルストーンをいくつか設定していきます。
よく誤解があるのですが、スタートアップの事業の価値は、連続的でなく、離散的に成長するようなイメージが実態に近いと思います。例えば、サービス系やSaaS系のビジネスであれば、アイデアやコンセプトの概念検証が終わったタイミング、初期のトラクションが発生したタイミング、等が分かりやすいと思います。
重要なことは、Exitまでの事業計画に向けて、投資家と価値の向上について合意が形成できるマイルストーンを設定することです。この投資家とマイルストーンについて合意を形成することはとても難しく、ファンドや市場の環境、トレンドにも依存します。
また、特にまだ開発段階で売上が限られる様なスタートアップの初期段階において、新規に入る投資家との合意形成の難易度は高くなる傾向にあります。理想的には目先の投資家だけでなく、次のラウンド以降に投資をする可能性がある投資家とマイルストーンについて議論を始めることが望ましいと考えています。事実、私の投資先では、シード期に投資をする際に、シリーズA以降の投資家候補と初期的な議論を始めるようにしています。
ですので、このタイミングでは、投資家目線のマイルストーンの相場感を理解するための、先人たちスタートアップの資本政策を分析するスキルと、投資家と幅広く議論するコミュニケーションスキルが重要です。
1.4 マイルストーンの達成に向けた必要資金の試算
投資家候補とマイルストーンについて合意を形成したあとは、各マイルストーン達成に向けて必要な現金を試算する必要があります。
私の経験を振り返ると、日々のオペレーションや予算計画では、売上や利益等、PLについて考えることはありましたが、必要な現金等のBSについて考えることは少なかったように思います。このタイミングで重要なスキルとしては、(多くの方が苦手としがちな)BSの理解を含むファイナンスのスキルです。
特に、初期から一定の売上が立ち続けるコンサルティングのような事業モデルから、事業を始めてから例えば5年ほどの期間、ずっと開発に取り組む技術系のスタートアップまで様々であり、ファイナンスは事業のモデルに依存するため、画一的に解決することが難しいと考えております。
ファイナンススキルの獲得に向けて一番おススメの方法は、自分で一から財務モデルを作ってみることかと思います。真っ白な状態からモデルを作ることも良いですが、先ずは公開されている大企業の財務諸表を活用し、将来の計画をモデリングしてみるのをおススメします。
手を動かしてモデルを組むことで、より実践的なスキルが身につくと共に、今まで知識として知っていた事柄もより理解が深まると思います。
1.5 契約のクロージング
必要資金の試算が終わりましたら、最後に投資家と合意を形成し、契約のクロージングをすることになります。スタートアップの契約には普段見慣れない契約条項や独自の文化もありますので、ファイナンススキルとセットで法務に関する知識も習得することが望ましいです。
中々書籍だけで学ぶことは難しい面もあり、また個別の条項ではなく、トータルで合意するもの。経験が重要になりますので、初のクロージングにおいては多くのスタートアップが1か月以上の時間を要する事が殆どです。
多くの場合弁護士と相談の上クロージングに臨むことになりますが、まずは一般に公開されているひな形を読み、スタートアップに独特な条項については自分でしっかりと理解するように心掛けることが大切です。その際におススメなのがスタートアップ側のみならず投資家目線でもなぜ条項を設けているかを考える事です。
例えば「優先配当権」はなぜ設けられているか、ただ条項の内容理解に留まらず双方の目線に立つ事でより理解が深まり、また投資家との議論においてもより円滑に進められるのではないでしょうか。
2. 最後に
本稿では、資金調達の一連の流れを例にとり、必要なスキルセットについて整理しました。中々イメージがつかない項目もあるかと思いますので、ご不明点がございましたら、お気軽にみらい創造機構までご連絡頂ければと思います。
次回は本連載最後になりますが、今年度事業化支援機関としての取り組みの振り返りと、新しい取り組みについて皆様と議論できればと思います。
解説者 高橋 遼平氏
株式会社みらい創造機構:執行役員/パートナー
京都大学経済学部卒業後、三菱商事株式会社入社。建設業界向けクラウドサービスの事業開発に従事し、同事業のカーブアウトに貢献。 同社退職後、医療系大学発ベンチャーを起業し、大手事業会社へのM&Aを実現。 また、戦略コンサルティングファームのアーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社にて、新規事業戦略策定等に従事。みらい創造機構では、キャピタリストと投資先の経営支援に取り組むグロースチームを兼務。
東京工業大学 環境社会理工学院 イノベーション科学系卒業。博士(工学)
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