【出向起業|体験談】SpoLive Interactive株式会社 代表取締役CEO / 共同創業者 岩田 裕平
研究成果の社会実装を加速させるために、エンジニアからデザイナーへの道を歩む
―― 岩田さんの経歴について教えていただけますか。
元々大学では物理学専攻で、宇宙がどう誕生しただとか…などの理論的な領域を研究していました。研究者として生きて行きたいという気持ちもあったのですが、身をおいていた理論素粒子物理は、理論が進みすぎており、実験や観測ができない領域。私は何か社会実装して、そのフィードバックを得ながら新しい価値を生み出したいと思っていました。そのような思いで就活を進める中、研究領域が自分の研究テーマと近い研究所をもつNTTグループに興味を惹かれて、特にベンチャーマインドを持った人の採用に力を入れている印象を持ったNTTコミュニケーションズに就職しました。
入社後はグループ会社の研究系組織に配属、地域情報関連の新技術の研究開発などを担当していました。例えばイベント会場における人流(人の動き)を可視化し、予測する仕組み等を開発しました。この技術は混雑度を予測できるアルゴリズムですが、のちに配車アプリのアルゴリズムに応用されていたりしています。そういったデータ周りの開発者としてのキャリアを歩んでいました。
―― エンジニアとしてのキャリアを積んでいくなか、何か転機はあったのでしょうか。
研究開発で、自グループ内の新技術を社会実装に繋げるスピード感に対して課題意識がありました。会議室の中に籠もってばかりだと、ユーザーをちゃんと見ずに研究を続けてしまう。新技術のユースケースを、十数人が集まってああでもないこうでもないと机上で議論しても、まあ分からないですよね。
私は実際に世の中に出してみることが大事だと思っており、研究所が研究成果を事業会社に展開する…という構造では、そのスピード感が出しにくいと感じていました。そこでユーザー起点でサービスを考える方法を体系的に学びたいと考えていたところ、ちょうど社内公募などがあって、大学院やデザインスクールに通い、広義のデザインを学びました。
―― 徐々にキャリアがエンジニアからデザイナーへと移っていったのですね。
デザインを学んでからは、その経験を活かして社内で実践していきました。しかしそれだけでは企業として変われないと思い、社内へデザイン思考の啓蒙などを行っていました。そんな折に、ちょうど社内でも経営戦略に広義のデザインを浸透させるためのデザイン組織が立ち上がり始めたため、そこへ異動し、UXデザイナーとして社内向けのデザインコンサルや、お客様との共創プロジェクトに携わりました。
自分自身でパイロットケースを生むために、社内コンテスト向けに事業案を検討
―― SpoLive事業を検討し始めたきっかけは何だったのでしょうか。
会社の経営戦略にデザインの考え方を浸透させるにあたり、パイロットケースが求められていました。実際の成功例がない、ROIがはっきりしないことに大企業が投資し続けるのは限界があるからです。
しかし事業部がデザインプロセスを包含する形でプロダクト開発を行うことは、大企業ガバナンスや社内ルールの下では対応しきれないと考えていました。最初だけデザインファームに発注しても、チームの中に内製のデザイン・開発体制を埋め込まないと継続的なプロダクトマネジメントは難しいからです。
これはむしろ自分でパイロットケースを作るしかない、そう考えていたタイミングで、新規事業の社内コンテストがありました。そこへ応募、他の参加者が絶対にやらないレベルまでプロトタイプと検証をやり込み、結果としてコンテストに優勝したのですが、その活動が今のSpoLive事業につながっています。
―― どういったプロセスからスポーツ業界に着目されたのでしょうか。
純粋にチーム内で様々な候補を検討していましたが、スポーツを見たりやったりするメンバーがいたことと、投票と市場環境からスポーツというテーマを設定しました。NTTにはスポーツ関係の人が結構いまして、例えば、NTT東日本には野球選手がいたり、弊社にはラグビー選手がいたりしますので、まず社内の関係者を知ることから始め、それから関係者だけでなく、スポーツに興味がある人、ない人、玄人から素人までリサーチをしました。
リサーチを通じて見えてきた発見としては、特にスポーツ観戦中に初心者の人はルールが分かり難い瞬間があり、分からないとリピートに繋がっていない、その課題に対してAIがカスタマイズされた実況解説を提供するといったサービスを考えたことが初期の原型です。それから、プロトタイプを作ってはテストして…と幾度と繰り返していく中で、チームのファンエンゲージメント向上に関する課題も見えてきたことで、スポーツチームと観客の双方向コミュニケーションを促すサービスへと、コンセプトが変わっていきました。
出向起業による”フルコミット”環境の確保
―― 最初は社内スタートアップとして始められたのですね。
コンテストとちょうど同じ時期に、社内起業制度も始まったのですが、制度開始から数ヶ月後に初のケースとして参画することになり、チームで再度、価値検証を始めました。その制度はいわゆる「20%ルール」の範囲で新規事業に取り組めるというものでしたが、現場のマネージャーには理解されにくく、稼働時間の確保に苦労しました。最初は20%だから週1日の金曜日を“やる日”と決めていたんですが、結局金曜日もみな、既存の仕事が割り込んできてしまい。チーム全員が違う部署から集まっていたこともあって、なかなかこの「稼働時間を確保する」ことが現実的に難しく、結局、土日深夜にやらざるを得ませんでした。
社内起業の制度的には、ステージが進むにつれて徐々に稼働が増えるという設計だったのですが、実は制度上、色々と考慮漏れがあったということが制度開始後に分かって。制度の考慮外のところに踏み込むたびに、むしろ制度を拡張するような活動を私が行うようになり、事業にコミットすべきなのか制度にコミットすべきなのか迷う時期もありました。しかし、やはり事業にコミットすべきだと意思を固めたのが2020年になってからです。
社内での活動の限界を知り、今後どうするか…と相談していたところ、経済産業省の「始動」プロジェクト関連のイベントに参加した際に、経済産業省の担当者から「出向起業」という仕組みの話を伺いました。この仕組みを活用できないかと考え、社内調整を進めた結果、今回の申請に至りました。
―― どういう点が社外でやることのメリットだと感じていますか。
やはりスピード感だと思います。PMF(プロダクトマーケットフィット)達成までには反復回数が重要ですが、社内でやろうとすると、どんなに社内ルールを無視しても、様々なガバナンスによってどうしても反復回数は限られてしまいます。
また、コアメンバー全員がフルコミットの環境を確保できたことも大きいです。社内で色んな仕事をすることも、シナジーが無くはないのですが、頭の切り替えが必要になりますので、改めて、ひとつの事に集中することの大事さも実感しています。
―― 出向元のリソースなどを活用しているポイントはありますか。
人的ネットワーク的な面はもちろん、技術的な面でも活用・協業できている部分が多いです。NTTグループ内には、知財になっているもの、なっていないものも含めて、色々な技術やノウハウが蓄積されています。SpoLiveに活用されている技術も、出向元の様々な技術者の協力を受けて開発を進めています。
自分の仕事にオーナーシップを持つ。その選択肢としての出向起業
―― 今後、SpoLiveが実現していきたいビジョンや目標を教えてください。
スポーツファンとアスリートやチームの距離をデジタルの力で縮めるというのが僕らのビジョンです。
現在、スポーツ観戦が本当に好きな方々は「現地へ行く」「リアル」に依存した形式が前提となっていますが、これに相当する体験を“どこでもできる”状態に持っていくことが目標です。OTT(オーバー・ザ・トップ)サービスも増えてきましたが、まだまだ発展途上だと考えています。例えば、自宅で観戦している方は家で応援していても、その声はスタジアムに届きにくいですし、そもそもスタジアムと自宅とではタイムラグがあったり、チームも新たに何かをするための稼働がとれなかったりします。そこにまだまだ双方向性という点での課題があります。
様々なサービスが世界中で増えてきていますが、その上で差がつくのがUXの部分なので、それを支える裏の取り組みも含めて、しっかりとユーザー視点で使いやすいサービスを作っていきたいと思っています。
―― 出向起業というスキームを使って感じていることはありますか。
まだ出向起業したばかりなので、実感はこれから湧いてくると思いますが、これまでもオーナーシップの高いチームだとは思っていましたが、いざ自分で法人化するとなるとやはり覚悟も違いますね。以前に増して、今、コアメンバーの中では圧倒的なオーナーシップが生まれたことを実感しています。
また、経営の自由度が高まることもメリットですね。例えば柔軟な採用、スタートアップエコシステムの活用、意思決定の加速等々、大企業内にいると色々と制約がかかってしまう部分があるので、選択肢がひろがったと思っています。
出向起業という制度は、社内起業家にとっては辞めるか、残るか、この2択以外の選択肢が増えたということなのかなと思います。普通に起業することに比べてセーフティネットもありますし、アイデアはあって、まだ始められていないという方は、損するものでもないのでガンガンやっていった方がいいのではないでしょうか。
岩田 裕平(いわた ゆうへい)氏
2013年:NTT Com入社。
R&Dや新事業開発におけるUXデザイン・ブランド戦略に従事。
2016年:大学院にて起業家育成プログラム修了後、デザイン経営を推進する中で社内外への広義のデザインの啓蒙を実践。
2018年:スポーツ事業を社内起業、また同年に様々な団体との事業創出を促す「NTT Com Open Innovation Program」を発起・設立。
2020年より新事業スペシャリスト・管理職として再入社、同年SpoLive Interactive, Incを起業、CEOとして勤務。
経産省主催「始動」3期生選抜メンバー/HCD-Net認定 人間中心設計専門家
「競技団体向けファンエンゲージメント強化支援事業」について
SpoLiveは「スポーツファンとアスリートやチームの距離をデジタルの力で縮める」というビジョンのもと、スポーツチームやアスリートのコンテンツ発信をエンパワーメントし、それによってファンの方々がよりチームを身近に感じながら観戦を楽しみ、応援できるようにするためのバーチャル観戦プラットフォームです。
ラグビートップリーグにおいては「リモート応援におけるパートナー協定」を締結し、リモート応援を軸とした新たな観戦スタイルの提供により、多くのラグビーファンの皆様に「興奮」と「感動」を届けることにチャレンジしました。
サッカーをはじめとしたその他競技においても、SpoLiveを通じた応援を現地の選手に届けるチャレンジをするなど、様々な形でバーチャル観戦の価値検証を推進しています。
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