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野生化するイノベーションへの組織の向き合い方

※本記事は、当団体が制作したWebサイトの掲載記事を再編集後、移設しており、肩書・内容は掲載当時のものとなります。

どうすれば日本企業は破壊的イノベーションを起こせるのか?

日本企業の「稼ぐ力」が長年停滞するなか、あらゆる企業の経営課題であり、新規事業担当者に課されている命題。その問いに対して、清水洋・早稲田大商学学術院教授は、自著『野生化するイノベーション』にて“イノベーションは管理することはできない”ため、”ヒトやカネの流動性を高めることが重要”と述べています。

今回は、イノベーション研究者の清水教授、大企業社員からVCに転身した異例の経歴を持つ岡田祐之氏、経済産業省で”出向起業”制度※を立ち上げた奥山恵太氏の3名により、大企業におけるスピンオフ・スピンアウトを活用したイノベーションの起こし方や、その際の”出向起業”の可能性等についてディスカッションを行いました。

※出向起業とは
大企業内では育てにくい新事業について、当該大企業社員が、辞職せずに外部VC等からの資金調達や個人資産の投下を経て起業し、起業したスタートアップに自ら出向等を通じて新事業を開発することを指し、経済産業省は、出向起業によるスピンオフ/スピンアウトを補助金交付により促進しています。

(詳細はこちら https://flag.jissui.jp/n/n6c0d16227468

基調講演① 野生化するイノベーションへの組織の向き合い方

清水 洋 氏(早稲田大学商学学術院 教授)
1973 年、神奈川県生まれ。一橋大学大学院商学研究科修士。ノースウエスタン大学歴史学研究科修士。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでPh.D.(経済史)取得。
アイントホーフェン工科大学フェロー、一橋大学大学院イノベーション研究センター教授を経て、早稲田大学商学学術院教授。日経・経済図書文化賞、高宮賞、Schumpeter Prize 受賞。近著は『野生化するイノベーション』。

日本企業の“稼ぐ力”が硬直化しており、ビジネスの組み換えがうまくいっていない

まずは、少しショッキングな図をご紹介します。横軸は企業の設立からの経過年数、縦軸は ROA です。利益は営業利益で取っているので、本業で稼ぐ力を示していることになります。赤い折れ線は、ニューヨーク株式市場に上場しているアメリカの大企業の稼ぐ力、青い折れ線は、東証一部に上場している日本の大企業の稼ぐ力を示しています。

企業の年齢と収益性

日本企業の稼ぐ力は、だいたい 13 歳から 14 歳のところがピークで、下がってきてしまっています。米国企業というのは、50 歳代ぐらいにピークはありますが、あまり収益性は下がっていません。要因の一つとして、ビジネスの組み換えのスピードが日米で違っているのではないかと思いました。そこで、日米で組み換えのスピードがどのぐらい違うか計ってみました。

同じ会社で今年の特許群と 5年前の特許群でどのぐらい違っているのかをみて、企業の硬直性の指標を計算してみました。日米企業を比較すると、起業の加齢とともに、同じようなことをしている(硬直性が高い)という傾向が明らかになりました。ただし、違うことが2点あります。1点目は、硬直性のそもそもの水準で、30 歳程度の日本企業の硬直性は、米国企業の 100 歳時点での硬直性と同じくらいです。同じことをやっていても企業が儲かっていれば全然問題ないです。米国企業は加齢しても収益が下がらない。つまり、同じことをやっていても強みがあるということです。日本企業は収益が下がってきてしまっているのに、同じことをやっています。ビジネスの組み換えがうまく出来ていないといえるでしょう。

ビジネスの組み換えをうまくするためには、人やモノといった経営資源の流動性を上げる必要があります。ただし、日本には整理解雇しにくいという土壌があるため、なかなか負債のビジネスから撤退しにくく、イノベーションが生まれにくくなってしまっています。

(経営資源の流動性を上げるための注意点については、『野生化するイノベーション』をぜひ読んでみてください)


試行錯誤の回数を増やさないと、破壊的イノベーションは生まれない

こういった日本企業の状況を背景として、出向起業というスキームについて考えてみます。まずはイノベーションの分布を見てみましょう。横軸は、テーマの新規性を表しています。縦軸は頻度を表しています。

イノベーションの分布

一番頻度高く生み出されるテーマには、大した新規性はありません。例えば新しいアイディアを出してみようと思って、一人でブレインストーミングしたとしても、出てくるアイディアはだいたいしょうもないものです。ただ、試行錯誤を繰り返していくと新規性が高いものを生み出されるので、試行錯誤の量を増やすことが重要です。例えば、社長肝いりのプロジェクトで出来るだけ早い段階で精査してしまうと試行錯誤が減るので、新規性の程度も低くなります。

ただし、日本企業は整理解雇がしにくく、「この事業ダメだから、みなさんクビです」ということはできません。新規性が高いと失敗する可能性が高いため、出来る限り社外のリソースを使って試行錯誤を増やす方向に進みます。その点において、出向起業は試行錯誤の回数を増やす手段として、とても良いのではないかと思えてきました。


出向起業が企業にもたらす3つのメリット

試行回数を増やすという効果の他に、出向起業には3つのメリットがあると感じました。

一つ目のメリットは、新しい結合の可能性を高めることです。社内のネットワークだけだと、どうしても限りがあるので、イノベーション起こそうと思うと、“放牧”によって外で新しいところと繋がってきてもらうということが有効です。注目すべきはアウトバウンド型(社内にあるもの社外に出していく)のオープンイノベーションです。外に出された人は、自分でネットワークを築いていきますから、最終的にそれがアセットとして自社に帰ってきます。どうしても日本企業は、自分の会社を去った人は、裏切り者とみなす風潮もありますが、実際には違います。経営資源の流動性を高めた時には、どんどん良い人材が行き来しますので、外に出て行った人のネットワークもアセットにできるかどうかというのが、出向起業させる側にとっての大きな分岐点になります。

二つ目のメリットですが、優秀な人材の獲得です。日本の人材流動性は低いと言われてはいますが、大企業に就職しても、一生そこで働き続けるケースの方が少なくなってきているのかもしれません。人材流動性が高くなると、優秀な人材はより良い職場にどんどん移っていきます。だからこそ、アメリカのスタートアップは、強いビジョンを出して人材を魅了します。これは、日本企業が、ややサボってきたところだと思います。「いつかは自分も外に出ていくかもしれない」と考えると、自分の市場価値を上げられないような会社には、そもそも優秀な人材が来なくなります。だからこそ、出向起業という制度を利用できるということが、優秀な人材を獲得する一助となると思います。

三つ目のメリットは、(出向起業させる側の)企業組織の意思決定の質が高まるということです。「アントレプレナーシップ」とは、「現在の経営資源にとらわれることなくビジネス機会を追求していく程度」を指し、破壊的イノベーションを生むうえで重要な要素です。アントレプレナーシップは、若い時の方が高いと言われています。今、日本企業は「高齢化社会+年功序列」という組み合わせにより、組織の意思決定者の年齢が上がっています。この状況だと、組織としてアントレプレナーシップに基づく意思決定がし難くなる傾向にあり、また若手が重要な意思決定をする経験を積むことができません。出向起業により、若い時に重要な意思決定をする経験を得られる点は、アントレプレナーシップを育むという人材開発面で、メリットがあります。


労働市場の流動性の低い日本において、出向起業による”放牧”は有効な手段

そもそも労働市場の流動性が高ければ、”出向起業”という制度は必要ないのかもしれません。会社を辞めて、新しいチャレンジに失敗した場合、自身のマーケットバリューに従って、次の就業機会が得られれば良いのですが、労働市場がうまく機能しないと、マーケットバリューより下のところで再就業することがあり得ます。出向起業は、こういったリスクがある日本的な文脈において非常に重要だと思います。

企業で働いている人が、その会社を離れて、新しく起業することを「エンプロイー・スタートアップ」と言います。その逆は、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツのように、大学を出てすぐにスタートアップを設立するようなケースです。「Steve Jobs or No Jobs」という面白いタイトルの論文では、大学を出てすぐにスタートアップを立ち上げたケースとエンプロイー・スタートアップを比較すると、生存確率は圧倒的にエンプロイー・スタートアップの方が高いという結果が出ています。その意味では、出向起業は成功確率が高く「やらないと損」ということになります。

ただし、出向起業制度は、日本のイノベーションの課題を万事解決するものではありません。エンプロイー・スタートアップのうち、親企業の資本が入る“スピンオフ”と親企業を辞めて行う“スピンアウト”では、スピンアウトの方が破壊的なイノベーションが起きやすいと言われています。出向起業は、親起業からのマイナー出資を想定しているので、スピンアウト寄りのスピンオフと位置づけられます。完全なスピンアウトと比較して、出向起業で破壊的イノベーションを生めるかどうかは、まだ議論があるかと思います。

出向起業は、送り出される側にも送り出す側にもメリットがあります。イノベーションを飼いならすことは難しいので、出向起業のように“放牧”をすることによって、試行錯誤の機会を増やすことが重要だと考えています。


基調講演② 考えた様にならない時代のセルフストーリー戦略

岡田 祐之 氏(株式会社みらい創造機構 代表取締役社長)
東京工業大学大学院修士課程修了後、東京電力入社。原子力部門にて新技術開発に従事。TNP パートナーズ出向、ハンズオン支援を手掛ける。
「大企業と中小企業」、「事業会社と金融」を理解し、事業組成からサービス化、営業戦略までの戦略立案と実行の経験を積む。2014 年にみらい創造機構を創業。2016 年 6 月に 1 号ファンド設立、2021 年 9 月に 2 号ファンドローンチし、東工大を中心とした技術系スタートアップへの投資や大企業人材育成などを手掛けている。

「普通のサラリーマン」が起業した後に大企業時代をふりかえって思うこと

先ほどの清水教授の講演は、俯瞰した視点からの話でしたので、私からは実務の側からお話したいと思います。最初に結論を申し上げます。「考えた様に成らず、行った様に成る」。これは、守屋実さんの言葉であり、私自身が日々実感していることです。元々、私は普通のサラリーマンでした。2014 年に何の後ろ盾もなく VC を起業しました。

私は普段、ベンチャーやスタートアップを支援している身であり、スタートアップやVCの果たす社会的役割は重要だと思っていますが、両方の立場を経験したからこそ、大企業の仕事の果たす社会的役割も非常に大きいことを感じています。そういう意味で、間違い無く大企業サラリーマンはハイポテンシャル集団であり、出向起業のようなスキームも活用しながらどんどんチャレンジしていけるとよいなと思っています。

そこで、私のサラリーマン時代を振り返り、起業するに至った考え方や働き方を、4つのポイントにまとめてみました。一つ目は、仕事への「使命」「志」はあったということです。大きな仕事も経験できたので、億単位になってもたじろがなくなりました。これは、ベンチャーを立ち上げる上でアドバンテージだと思います。二つ目は、チーム戦のリーダーシップの経験が重要と思っており、意識的に、チーム戦のリーダーシップを身に着けるようにしていました。三つめは、目の前の仕事以外の知り合いが多くいたことです。社内外の勉強会を主催するなどして、色々な人達と積極的なつながりを持つことができました。四つ目は、目の前で起きていることはすべて自分の責任だと考える、他責にはならないタイプでした。トム・ピーターズ「生き様とは、あなたが生涯関わったプロジェクトのことである」が行動指針でした。


大企業の中にいると気付かない4つのポイントは、スタートアップとの協業においても重要

一方で、今となって振り返ると認識が不足していた部分もありました。これもポイントは4つです。

1つは、稼いでいない時間もコストであるということ。リソースが潤沢で、優先順位付けもそこそこに働いても変わらず給料日が到来する大企業にいると、なかなか実感しにくいと思います。2つ目は、社外には色々な人がいて、色々な働き方があるということ。大きな組織になると、どうしても同じような人が集まってきます。3つ目は、自分一人でも、自力でも稼ぐことができるか、という視点です。分業により各部署に割り当てられたミッションに最適化を繰り返していくと、商いやビジネスを考える必要性すら失われていきます。4つ目は、顧客理解、エンドユーザーの「解像度」を上げるプロセスの経験です。大企業にいると「自分の顧客が誰なのか」と考える機会がなかなか得られないです。

大企業の中にいると気づかない4つのポイント

これらの点は、オープンイノベーションによってスタートアップと協業する際の注意事項になっています。すなわち、先ほど挙げていた 4点の裏返しです。NDA の締結に 1か月もかかる、ということになると、スタートアップは「次の会社と話をしようかな」と思ってしまいます。多様性への理解についても、「多様性自体がスタートアップの価値であるということをわかってくれているのか」ということにもなりますし、儲けへの感度が異なることもままあります。さらに、スタートアップにとっては顧客解像度が生命線です。こういった点をちゃんと理解しなければ、スタートアップとの協業は上手くいきません。また、プラス1として挙げるのが、PER(株価収益率)への意識の違いです。

スタートアップと協業する際に注意すべき4つのポイント


成長ストーリーへの共感が生むPER。自ら顧客を創造する経験が個人のPERを高める

普通に考えると大企業がスタートアップに負けることはないのですが、唯一スタートアップが勝てるのが、PER です。日本の時価総額上位 50 社を見ると、概ね 10~20 倍くらいのPER になっています。一方、スタートアップの場合は、PER が 100 倍を超えることは当たり前です。

PER とは何かというと、株価を一株当たりの利益でわったものです。PER 100倍とは、その株を 100 年持ち続けないとその株を買っても意味がないということになります。では、「なぜ人間は PER100 の株を買うのか」というと、「来年はもっと稼ぐだろう」と、スタートアップの成長ストーリーに共感しているからです。

PER(株価収益率)とは何か

これは、最終的には、会社だけではなく、個人ベースのPER を上げることが非常に大事だと考えています。それは自らが稼ぐ力を養成することが重要です。ただし、頭で考えたようにはならないのです。中期経営計画を作っても、そのようにはなりません。未来の成長期待をストーリーで語れるようになるには、自ら顧客を創造する経験を積むしか無いのです。

とある野球選手はピッチャーとバッターを両方やって成果を出しているように、大企業の方も外に出て、“稼ぐ力”を強化してければよいなと思います。その手段として出向起業というスキームが使われ、個人が羽ばたいていけるとよいなというのが、大企業脱サラVCである私からのメッセージです。


清水氏(早稲田大学教授)×岡田氏(みらい創造機構代表)×奥山氏(経済産業省) パネルディスカッション 出向起業の可能性について

奥山 恵太 氏(経済産業省産業人材課 課長補佐)
1986 年生まれ。東京大学卒。カリフォルニア大学サンディエゴ校 MBA。
2010 年経済産業省入省後、主に化学産業の規制緩和・国家衛星開発プロジェクトのマネジメント業務に従事。米国留学中に、米国投資ファンドでの投資銘柄財務モデリング・バリューアップ業務や、小型電池製造スタートアップでの経営支援業務を実行。
2018 年帰国の後、内閣府での宇宙スタートアップ支援業務を経て、「出向起業」補助制度を自ら企画し、大企業等社員による資本独立性のあるスタートアップの起業を後押し。

出向起業で最初にやるべきことは、顧客の解像度を上げること

清水 まずは、岡田さんに、出向起業を考えている方に対して、「こんなことを注意したら良い」ということを、投資家の立場でお話いただきたいと思います。

岡田 投資家の立場からというと、投資家は未来を判断します。現状を見ても判断ができないため、語られるストーリーがとても重要になります。そこで、「顧客の解像度を上げる」ということを提案したいです。これは、大企業に所属している中ではなかなか目の当たりにすることはできないので、特に意識してほしいと思います。また、仲間の合意形成も非常に重要です。仲間と一緒になって同じ方向を見るためのストーリーを語れることが社長には求められます。ぜひ、そういった経験を積んでいただきたいと思います。

清水 なるほど。ただ、企業では、組織が大きくなるほど分業になるので、「営業職ではないからお客さんに会ったことがない」という可能性もあると思います。顧客の解像度を上げるにはどうしたら良いのでしょうか。

岡田 これはそんなに難しいことではないと思います。先ほどの「仲間を作る」というのもその一部ですが、今の時代は、色々なところで色々な人と会えば、顧客にリーチできる可能性があります。場合によっては、社内にも顧客を知っている人がいるかもしれません。

清水氏(早稲田大学教授)
岡田氏(みらい創造機構代表)


社内を説得する鍵は「新しいもの好きの役員の応援」と「外部投資家からの関心」

清水 出向起業をするために社内を説得する必要がありますが、社内を説得したベストプラクティスやポイントがあれば教えていただけないでしょうか。

奥山 経済産業省では、これまでの2年間で累積 150 人ほどの出向起業を希望する社員の方々のご相談を受けて、所属企業内での出向獲得に向けた調整をサポートしてきました。

1つ目の重要なポイントとしては、その所属企業のハイレベルの意志決定者(役員等)の中で一番「新しい物好き」の方にアプローチすることが挙げられます。社員個人が出向起業をしたいと思っても、その社員の方が優秀であればあるほど、「既存業務から抜けられては困る」と断られるケースが非常に多いので、直属の上司の方にご相談するのは後回しの方が良いかもしれません。新しい取り組みを応援してくれる方に味方になってもらうことがポイントです。

2つ目としては、先に投資家の関心を得ることです。取り組みたい事業の新規性が高く、成功確率が見通せない事業である場合には、特に、「外部の VC に説明した結果、顧客の解像度をもう少し上げれば芽があると言っていただいています」ということを説明できれば、「外でも生きていけるな」という印象になりますし、所属企業でも出向の送り出しをご納得いただけるケースになると感じています。

清水 実際に早い段階から外の方と話し出すことが多いのでしょうか。

奥山 アンケートを取ったわけではありませんが、出向起業の相談に来る方のうち大部分の方々は、まだ外部の 投資家 と会話していない状態であったと思います。外部の投資家と相談することで、社内の幹部からは得られないヒントを得ることができることは多い印象でして、事業性の可能性を最大化するためには、社外の投資家に相談することが大事だと思います。大企業社員の方は守秘義務などを懸念して外部に相談することをためらっているケースが多いのですが、まずは外部に説明できる情報を元に、VC投資家に相談してみてほしいなと思います。


出向起業を送り出す側も、人材育成や人材獲得が期待できる

清水 今度は出向させる側についてお伺いしたいのですが、出向させる側にとってよい使い方はありますか。

奥山 あります。一つ目は、エース級社員の人材育成につながります。社員の個人資産も入れつつ、ニーズがあるかもわからない市場に切り込んでいくことになりますので、重要な意思決定の連続になります。この話を大企業の執行役員の方にすると、「そんなに重要な経験ができるなら、楽しすぎて出向の状態から帰ってこないのではないか」という懸念を示されるケースもあります。ただ、出向起業スタートアップで行うような新規性の高い事業は、既存事業と比べて失敗する可能性は高く、100%子会社で既存事業を運営するよりも、格段に失敗して社員が戻ってくる可能性が高いと思います。事業が成功してスタートアップが存続した場合であっても、勢いのある仲の良いスタートアップが1社創出できたと解釈して、そのスタートアップを含めて自社のアセットであるという幅広い経営の視点を持つことが重要だと思います。

もう一つは、優秀な人材を獲得できるということです。多様なキャリアパスが用意されており、社員の市場価値を上げる社内パスが存在する会社であるということで新卒人材市場へのアピールになります。

清水 人材活用は重要ですし、戻ってきてくれる人が経験を積んで、新しい結びつきを生み出すという点にも注目できますね。

奥山氏(経済産業省)
パネルディスカッション


起業による自由な意思決定は、分業化によって失われた”商い”の感覚を取り戻す

清水 次に岡田さんにお聞きします。出向起業という形ではないですが、大企業を辞めて VC を起業されています。そもそも、どうして起業しようと思ったのでしょうか。

岡田 自分の可能性を広げるという感覚で取り組んでいます。社内にいるよりも、社外に出た方がスピード感と外との対話の自由度が違います。自分が自由に決定して、その結果が自分に返ってくることが幸福感にもつながっています。

清水 大企業にはリソースはたくさんありますが、物事の意思決定のスピードは遅いと思います。その点では、大企業と出向起業はとても良い組み合わせですよね。

岡田 かなり良い組み合わせだと思います。(日本に)大企業が出来上がってからまだ何百年も経っていないと思います。その前は、商いをやっていたはずです。今の企業では、その要素を効率的に分業しているだけなので、商いの感覚を取り戻す必要があるかなと思います。


出向起業への挑戦は、個人のストーリーとして積み上がり、個人PER向上につながる

清水 岡田さんが講演で挙げられていた”個人のPER”という視点はとても重要だと思いました。大企業にいて、自分のPERをどうやって高めていけば良いのでしょうか。

岡田 頭で考えているようにはならないです。外部環境も変化が激しいので先は読めないです。そこで言いたいのは、自分がやってきたことが次につながるということです。シナジーとストーリーは別です。シナジーは平面ですが、ストーリーには時間という概念が入ります。ストーリーを伝えるには、「自分がこういうことをやってきて、これからはこうなると思う」ということを積み上げていくことが重要なのではないでしょうか。

清水 大企業側でも、個人のストーリーを積み上げるマネジメントが必要ですよね。

奥山 出向起業した大企業社員の方をサポートしていると、個人 PER が非連続的に向上する過程を目の当たりにする機会が多いです。具体例を挙げますと、ファイナンスについて知識がない状態で出向起業をして、資金調達をしないと倒産するという状態に直面し、50 社ほど VC を回りつつスタートアップファイナンスの知見をイチから急速に体得して、結果として数千万円の資金調達をした方がいました。その方は、「大企業にいたときは数億円の予算がつくことは当然だったが、こんなに嬉しい数千万円はなかった」とおっしゃっていました。


出向起業が日本の大企業のイノベーションを加速することが期待される

―― 最後に一言ずつお願いいたします。

清水 出向起業は日本的な文脈でうまく機能してくれれば良いと思っています。出る側にとっては「やらなきゃ損」という制度ですし、出す側にも大きなメリットがあります。この制度によって日本のイノベーションが加速すれば良いなと思っています。

岡田 出向起業をテーマにすることで、VCであるわが社にとっても色々と考える機会を頂いたと思っています。出向起業を検討されている方は是非ご相談して欲しいですし、出向起業をされた方の生の声も聞いてみたいなと思います。

奥山 出向起業という制度は、私自身が起業に失敗した経験から着想して企画させていただいています。元々はミクロな視点から企画したのですが、本日のディスカッションを通して、マクロな視点からも産業振興上重要であることを実感しました。マクロとミクロの両面から、大企業社員や大企業幹部の方々のご理解を得て、うまくスピンオフにつなげていきたいと考えております。

出向起業については、経済産業省や補助金事務局が、申請前の出向調整の段階から相談を受け付けています。
ご興味を持たれた方は、下記連絡先からお問い合わせください。

経済産業省産業⼈材課 (担当奥⼭)souzoukahojo@meti.go.jp
出向起業補助金事務局(JISSUI)syukko-kigyo@jissui.or.jp
制度説明資料はこちら

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