ハードウェアスタートアップの難しさ、面白さ、そして必要とする支援とは
去る、2018年12月12日、東京・京橋にて開催された『Startup Factory Meetup』(ミートアップの概要はこちら)。スタートアップファクトリー、スタートアップ、スタートアップ支援者、行政関係者らが多数参加した本イベント内で行われたパネルディスカッションの模様を紹介します。
イントロダクション
北 まずは登壇者のみなさんの自己紹介を、菊川さんからお願いできますでしょうか。
菊川 我々は、スマートフットウェア「Orphe(オルフェ)」を開発しているスタートアップです。見ての通り光る靴なんですけれども、実はスマートフォンにつながっていて、光り方を自由に切り替えたり、中のセンサーが歩きを検知して音を奏でてくれたり、アプリケーション次第で様々な使い方が可能になる靴です。
創業は2014年10月、ちょうどその頃にオープンしたDMM.Make AKIBAでプロトタイピングを進め、2015年にはクラウドファンディングに成功して量産に至りました。ある意味すごくハードウェアスタートアップっぽい形でやってきたなと思います
最近は、Orpheを軸に、新たなサービス開発を進めています。全ての靴をIoT化する、センサーモジュール「ORPHE CORE(オルフェコア)」を他社の靴に内蔵し、その歩行に関する情報をAIプラットフォーム「ORPHE TRACK(オルフェトラック)」が分析・解析してくれる…といった仕組みを作っています。
また、株式会社アシックス様や三菱UFJ信託銀行様と連携してこの仕組みに関する実証実験を進めており、例えば歩行データを保険サービスに活用していくような企画を進めています。
北 ありがとうございます。では牧田さん、お願いできますでしょうか。
牧田 株式会社tsumugの牧田です。菊川さんの会社の1年後輩になりますが、ABBALabから出資頂き、DMM.Make AKIBAから創業するという、同じような流れでスタートアップをやっています。
元々は孫泰蔵さんのVCにて、スタートアップの支援側で従事していました。その中で、スタートアップを支える環境が整ってきたなと感じてきまして、自分でやってみようと、ちょうど3年前にtsumugという会社を立ち上げました。
私が作っているのは、コネクテッドロック『TiNK(ティンク)』というプロダクトになります。
牧田 実は私が元彼に知らないうちに合鍵を作られて、別れた後に不法侵入されたという実体験がありまして、これは完全に笑っていただくところなんですが(笑)、実体験を通じて、物理鍵という今まで安全だと信じてきたものが安全じゃないかもしれないと気付くことができました。そこで新しいイノベーションが起こせるんじゃないかと思って、TiNKの開発を始めました。
北 かなりハードな実話がぶっ込まれてきましたが(笑)。最後に小笠原さん、お願いできますでしょうか。
小笠原 実は僕はまだ全然、ものづくりでいうと若輩でして、2012年頃にものづくりに興味をもって関わるようになりました。
元々はちょうど20年位前にさくらインターネットを起業し、ずっとインターネット業界にいたのですが、6〜7年前のインターネットが、課金ロジックだけのゲームやら、お節介なソーシャルやら、ディスプレイの中だけで全部完結していくような感覚が、あまり楽しくなくなってきまして。
できれば人が操作するようなインターネット以外のインターネットを作りたいなぁというのが、ものづくりの方に来た大きい理由でした。
ちょうどその頃DMMの亀山会長とお会いし、ものづくりスペースを作る話を提案し、DMM.Make AKIBAの立ち上げをやらせていただきました。DMM.Make AKIBAのオープン当初、2013年か2014年頃に菊川さんと牧田さんとも出会いました。
菊川さんとの出会いはほぼカツアゲでしたね。光る靴を作るから300万円くれと。あれ?もっとだったかな(笑)。牧田さんとも、毎日喧嘩しながらTiNK を立ち上げてきました。2時間ほど前も喧嘩していたのですが(笑)。
この後にも話すと思うのですが、二人とも非エンジニアとしてスタートアップを始めているので、分からないことがすごく多く、不安なこともたくさんあった。今日のディスカッションは、そういったスタートアップと支援者にとって、どういう関係性が一番良いのかを考えるきっかけになればいいなと思います。
ハードウェアスタートアップが直面する「量産の壁」。スタートアップは何に苦しんでいるのか。
北 ハードウェアスタートアップが直面する量産の壁とは良く聞きますが、実体験ベースで苦労話などお伺いできれば。
牧田 今もまさに苦しんでいる最中ですが、強く印象に残っているのは創業当初のことですね。まず、そもそも工場となかなか出会えない。やっと見つかった工場ともコミュニケーションが上手く取れない。見積を依頼したところ10ヶ月ぐらいかかったり、10ヶ月待たされた挙句に断られたり。スタートアップにとっての10ヶ月はとても長い。会社の存続に関わるぐらいの期間ですから。
小笠原 やはり、お金と時間の話が合わないケースが一番多いですよね。
牧田 そうですね。やっぱりバックグラウンドが全然違いますし、業態も違う。コミュニケーションの共通言語も少ないと思います。
小笠原 工場側は何度かブラッシュアップをする前提でモノを作るけれど、スタートアップ側はそう思っていなくて、思っているものと全くかけ離れたモノを提示された途端に信じられなくなったり。そんな時が一番辛そうにみえる。
菊川 僕は2つ問題があると思っているんです。ひとつはスタートアップのビジネスモデル自体への理解ですね。これはもともとインターネットビジネスを中心に発展してきたじゃないですか。
小笠原さんもインターネットの世界から来ている人ですし、そういう人たちはスタートアップのエコシステムを理解してから始めている場合が多いのに対して、他業界から来た場合、そもそもなぜこういうことが成り立っているのかが理解できていないと思うんです。
『仕事が来たから受けた』というパターンがすごく多くて。そういうケースでは、スピード感や求めているものの違いがはっきり出てしまいますよね。
もうひとつは、ものづくりとIoTは全く違うということです。IoTって何をやるかといえば、インターネットに乗った時に今までと違う体験とか「コト」を作れるからモノを作っているのであって、ただモノを作っているわけではないですよね。「モノ」を何個売っていくら利益を出そう…といったものづくりの論理とはかなり食い違いがあると思います。
試行錯誤を繰り返す日々
北 菊川さんは実際にはどういう体制でプロダクトを製造してきたのでしょうか?
菊川 僕らの場合、本当に何も分からない状態からのスタートでした。プロトタイピングツールを使って、既存の靴にセンサーやコンピュータを取り付けるところから始まったんです。
浅草の靴職人さんを訪ねて、靴の作り方を聞いて自分たちでやり始めたんですが、その際の失敗は従来の靴の作り方とかけ離れた作り方をしてしまった点ですね。
後で量産しようとした時、製造ラインが対応できなかったんです。結局後で、工場で製造できるようなモデルに変更するために、すごいリソースが必要になってしまいました。それだったら最初から工場に依頼すれば良かったじゃないかと思われるかもしれませんが、まず工場が相手にしてくれなかったんです。
ただプロトタイプだけを持っていても、靴業界からすると話にならないぐらい低いレベルからのスタートだったので。
小笠原 そこを『分かってくれ』と言うのも、スタートアップ側のワガママですよね(笑)。
菊川 そう、ほとんどワガママに近いですね。ただ、そういう流れを経て、僕たちにも製造のノウハウが分かってきたことで、最近はどんどんスムーズになってきました。
今、株式会社アシックス様と共同でやっている事業に関して言えば、僕らは靴の製造にはノータッチです。モジュールを内蔵する部分の設計だけやらせてもらっています。
ただ、僕らはコンピュータをゼロから設計して最後のデータの活用まで一気通貫できることが強みだと思っているんですね。『モノからコト』までを作り出すことができる。この部分は大切にしていきたいと思っています。
北 牧田さんはいかがでしょうか?
牧田 私も菊川さんと同じ感じですが、まずはDMM.Make AKIBAで出会った仲間たちとプロトタイプを作っていました。ただ、いざ工場を探そうとしても、どこに行けばいいか分からなかった。飛び込みで訪問してみたりもしましたが、門前払いのようなこともありましたね。
今思うと、確かにこちらの勘違いというか、ワガママな部分もあったと思います。先ほどの話にもありましたけれど、工場側はまだまだ試作段階の認識なんですが、こちらは『すぐに量産だ』みたいな気持ちで話に行ってしまうので。ロットにしてもスケジュール感にしても費用感にも食い違いが生じてしまうことが多々ありました。
小笠原 スタートアップ側が前のめりになり過ぎてしまっている時はありますよね。この状態で量産するの?みたいな状態で100万個作りたい!とか言ってしまったり(笑)
シャープのアクセラレーションプログラムの活用
北 スタートアップ、スタートアップ支援者の双方から、なかなか良いパートナーに出会えないという声を聞きます。今のパートナーと出会ったきっかけは何だったのでしょうか?
菊川 私の場合、シャープの「ものづくりブートキャンプ※」に参加させてもらったことでしょうか。それがきっかけとなって、話も通じるし安心して任せられる工場を紹介してもらえて、どんどん安定感がでてきました。
北 牧田さんもシャープのプログラムの卒業生であったかと。
牧田 私はもっと早い段階、まだブートキャンプ自体が構想段階だった0回目くらいの時から関わらせてもらっていました。小笠原さんとのつながりで、スタートアップが何に困っているかなどをDMM.Make AKIBAにいらしていたシャープの方へプレゼンしたりして。結果として、製造業界は一般的にこう考えているんだよ、こういうタイミングで、こういうことが発生するんだよ、こういう言葉があるよ、みたいなことを一般的なものとして教えてもらえました。
北 このプログラムは小笠原さんも一緒に立ち上げたとお伺いしております。
小笠原 スタートアップに対して、シャープのエンジニアがものづくりのイロハを伝授するようなプログラムなのですが、最初はどのレベルでどこまで伝えるべきか試行錯誤でした。やはりシャープさんのレベルのクオリティは出せないですし、一方で適当にやってしまうと事故が起きますし。その丁度よい水準を決めることが重要で、試行錯誤の結果、そのレベル感が割と固まってきたと思います。
スタートアップと支援者との幸せな関係とは。
北 工場側の意見を聞きますと、スタートアップとやりとりしていると、どんどん仕様が変わっていき、そのスピードについていけない。そもそも、なぜ変わっていくのかがよく分からないと。そういう意見が多く聞かれるのですが。
小笠原 それは、製造業としての本来あるべきタイミングよりかなり早い段階で、工場と話し始めてしまっていることが原因だと思います。スタートアップにはノウハウがないので、どのタイミングで話せばいいかが理解できていない。本来、工場に出すべきフェーズの2フェーズぐらい手前で話を始めてしまっている感じがするんです。もちろん、スタートアップ側には、そこまで待っていられないという事情もあるわけで。競合が出てきたり、やりながら気付くことがあると、どうしても仕様は変わってしまう。
北 菊川さんもそんな感じでしたか?
菊川 僕らは結構、行儀よくやりますけどね(笑)。ただ、仕様が変わるということに関しては、スタートアップ側がやっていることは、プロダクトマーケットフィットしているかの検証じゃないですか。その検証のサイクルを早くしたいと思ったら、そういう発想になってしまうこともあるのかなと思います。
小笠原 結局、1台いくらで売ればいくらの利益が出るということより、この1商品でどれだけのバリューが出せるか、継続的なプロフィットを取れるかをずっと検証しているわけだから、これが違うとなったら仕様を変えざるを得ない状況もありますよね。
菊川 ハードとソフトの両方で検証を回している時に、ソフトの方が回転が早かったらソフトで検証されて、このハードは変えなきゃいけないってことが途中で分かるじゃないですか。そうしたら、しょうがないよねってことは確かにあります。
牧田 どうしても投資を受けて、それで何か大きな事業を作ろうとか、ライフスタイルを変えるイノベーションを起こそうとか思っていると、やはり限られたタームで見ていかなければいけないことはありますよね。
北 スタートアップ側としては、仕様変更には可能な限り付き合ってほしいということですか?
小笠原 僕、そこはすごくシンプルに切り分けて考えていまして。営業行為だったら工場側もそこまで受け入れなくていいと思うんです。ただ、支援と言われるなら愛情を持って接していただきたい(笑)。そこの違いだけなんじゃないかなと思うんです。特にスタートアップファクトリーという事業自体、スタートアップを支援しようと国がお金を半分出してくれるわけですから。半分リスクをとっていただいているので、普段の営業行為とはまた違う気持ち、違う関わりでお願いできればと思っています。
ハードウェアスタートアップのエコシステム構築に向けて
北 最後は「愛」というところに着地してきましたが(笑)、そろそろ時間でして、みなさんから会場に向けて一言ずつメッセージをいただければと思います。
菊川 ここまでの話の通り、ハードウェアスタートアップのエコシステムを作るというのは、自分も含めてシビアな話だと実感しています。ただ、先ほどプロダクトマーケットフィットの話をしましたが、僕らの製品でいうなら単純に靴にセンサーが付いただけの物とは思ってほしくなくて。これからの全ての履物の意味を転換するぐらいの意味を持つと考えているんですね。だから、製品の背景にあるポテンシャルをみんな評価して一緒に作っていく…そう愛ですね(笑)。そのぐらいの気持ちで一緒にやれるとうれしいです。
牧田 私もまだまだ道半ばなので語れることが少ないんですけれど。昔、母親が中国の会社と事業をやっていた時に、グローバル・インテグレーションカンパニーという言葉を使っていたんですね。
自分たちで全てを作ることはできないから、この工場はこれが得意だよね、この人はこういうデザインが得意だよねと、人とビジネスをつなげて共同体で行う事業があったんです。
日本のメーカーは割とワンストップで行うことが多いけれど、1社で全てを抱えることが、もしかしたらスピードを落とす原因かもしれない。
複数のパートナーと繋がって最後に一緒に笑えたなら、デバイスを1つ作ること以上の価値が生まれるのではないか、そしてそういった愛も生まれるといいなと思っていますので(笑)、ぜひ引き続きこういった集まりが続いていけばいいなと思います。
小笠原 よく仲間内で『AIを成長させるには、子供を育てるぐらいの愛情をもって関われば全然違うよね』という話をするんですね。ものづくりもそうなのではないかと。
多くのハードウェアスタートアップは今までのものづくりとは違うビジネスモデルです。自分たちのスタイルとは違う、ルーキーが出てきたと思っていただきたい。そこに対して支援をお願いしたい。
その支援の先には、新しいビジネスモデルに出合えるかもしれないという期待をしていただきたいと思います。その期待を抱きながら、スタートアップ側の話を聞いていただけたらいいなと思います。
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