【出向起業|体験談】株式会社ブライトヴォックス 代表取締役 CEO 灰谷 公良
メタバース空間をリアルの場へ
―― まずは事業概要についてお伺いできますか。
灰谷 「メタバース空間を現実に持ってくる」というコンセプトで、リアルの場に賑わいを作り出す事業です。
私たちは、VRなどのヘッドセットやアプリケーションを必要とせず、全方位から立体映像を楽しむことができる映像システムを独自に開発しています。フィジカルな空間に立体的な画素を積み上げる、これまで難しかった映像表現が可能になります。このシステムを使い、特に集客・動員に苦戦している催事・イベントを盛り上げ、賑わいを作り出す取り組みとなります。
―― どのような支援を行なわれるのでしょうか。
灰谷 まず近年のリアルな場の様々な課題に着目しました。例えばイベント会場や展示会は、コロナ禍において大きなインパクトを受けました。また、小売店舗はEC化が進んだことで、売り場から、顧客の体験を作る場への変革が迫られています。さらに献血のような社会に欠かせない場においては緊急事態宣言下においても安定的な献血供給が必要で、必死の思いで集客をしています。
このような場に、純粋な“笑顔や驚き”といった心に残る体験作りで、お役立ちできないかと考えました。
これまでの実証事例ですが、立体投影された人気アバターに会えるプロモーションイベントの開催で、献血の集客に貢献しました。ほかにも、調剤薬局で可愛いマスコットキャラクターが立体映像でお出迎えしてくれるイベントを開催し、お子様からお年寄りまで笑顔であふれる店舗づくり。科学館では技術展示により、行列が絶えない賑わいづくりに成功しました。
―― なぜこの事業を立ち上げるに至ったのでしょうか。
灰谷 新規事業として未来のデジタルコミュニケーションを探っていたことが発端です。リコーは、複合機、オフィスサービス、デジタルサービスなどを使って、働く人のコミュニケーションを長年支援している会社です。私は、同社でコミュニケーションシステムの基盤を長く担当してきたこと、個人的には電子音楽やバンドイベントをやっていた過去から、バーチャルとリアルのコミュニケーションの双方に大きな意義を感じてきました。
昨今のメタバースの盛り上がりに、バーチャルの良さを日々感じる一方で、元気を失っていくリアルな場のコミュニケーションを、なんとかできないだろうかと考え、オフィス向けスマートスピーカーやコミュニケーションロボットなど、人とバーチャルの関係性の発展を目指すデバイス事業の検討をしていました。その中で、もし爆発的に広がるメタバース空間が、リアルな場に当たり前に共存するようになれば、新しいコミュニケーションが創造できるかもしれない…と考えました。
―― プロダクトの開発状況はいかがでしょうか。
灰谷 フィールドで実証できる試作機の開発中です。これまでも試作開発をし、マーケティングを繰り返してきました。しかしお客様からは実用化に向け、映像品質や性能・使い勝手など、多くの課題をフィードバックしていただいており、その解決に向けて原理試作から作り直している状況です。出向起業補助金を活用して、ユースケースの開拓と開発・改良を並行して進めます。
笠原 立体映像装置は、私たちの生活空間である三次元空間に多数の輝点(ボクセル)を投影し、それをリアルタイムで動かすという、光学系と制御系の複合的な技術が必要です。技術の蓄積と新たな組合せにより、発展させられると思います。
社内アクセラレータープログラム”TRIBUS”への参加と、経営チームの構築
―― 事業化に向けて、どのような活動を行なわれてきたのでしょうか。
灰谷 最初は本業を離れた部外活動から始まりました。1年間くらいは、社内のファブ施設(つくる〜む)でプロトタイプをするところからスタートしています。私は開発者ではないので、頭を抱えていたところ、知見を持つ様々な人が声をかけてくれて、少しずつ関わる人数が増えていきました。
その後、私が所属する新規事業部署で事業提案を行い、事業部に持ち込むなどのチャレンジをしてきました。様々な事業部にいる人材がボランティアで技術を支えていたことから、正式な活動としてアサインしたく、社内アクセラプログラムTRIBUS(トライバス)に応募しました。
結果的には、そこで採択され、お客様数十社にご提案を重ね、実証実験を行うところまで進めました。
―― チーム体制についてお伺いできますか。
灰谷 私に加え、笠原CTO、北川CPO、高橋CMOという4名体制です。この活動を始める前からいくつかの新規事業テーマを共にしてきた仲間で、リコーの中でも異彩を放つ尊敬すべき人たちです。
笠原 私はリコーでは研究開発部署で、光ディスク、カメラ、AI等の新規技術開発を担当していました。光学系と画像処理系を組み合わせたシステム設計を専門としていたので、立体映像装置というプロダクトに技術者としてのチャレンジングな魅力を感じて、活動に参加しました。CTOとして技術面の責任者となります。
北川 私はリコーではコピー機の設計開発を9年程度、その後社内向けファブ施設(つくる〜む)の立ち上げと運営を行っていました。そのファブ施設で試作品を作っている灰谷を手伝っているなかで、参加することになりました。CPOとしてプロダクト責任者をしています。
高橋 私はリコーでは産業用パソコンやロボットSIを担当し、企画・マーケ・PM・営業といった役割を担っていました。灰谷とは別の新規事業部署のプロジェクトで一緒になり活動していました。このプロジェクトの話を聞いた際、全く世の中にないプロダクトの魅力を感じ、過去にサイネージ市場を探索・営業したキャリアが活かせるなと思い参加をしました。CMOとして営業・マーケティングの責任者として活動しています。
社内でやるか。社外でやるか。第三の選択肢としての出向起業の選択
―― TRIBUSへの応募を経て、出向起業に至った経緯をお伺いできますか。
灰谷 TRIBUSの採択テーマは2年の時間が与えられ、自由裁量でチャレンジし、自分の意志で出口を決めることができます。今後どういう出口があり得るか、検討していました。社内でやるか社外でやるか、その二択を悩んでいたところ、「出向起業」という第三の選択肢があることを知りました。自分たちの事業へのモチベーションや、家庭環境も含めたシチュエーションから、出向起業がもっとも燃える選択肢だという結論に至り、社内調整をしました。
―― 出向起業のよい点はどういうところだと思いますか。
灰谷 安心して最大限チャレンジが出来る点です。まだこれからの事業ですので、リコーの力も借りつつ、自ら意思決定できる自由さと、自ら責任を取る緊張感を持ちながら、チャレンジしていくことに魅力を感じました。また、補助金により事業をブーストできることや社会的に信頼を得られる点も大きなメリットと感じています。
一方、リコーブランドで事業が出来なくなることや、強力なアセットが使えなくなる懸念もありましたが、総合的に判断しました。
―― 出向元はどのような反応だったのでしょうか。
灰谷 非常にポジティブでした。リコーには創業者である市村清の精神を引き継ぎ、チャレンジする人を応援する文化があります。ありがたいことに社長の山下からも直属の上司からもTRIBUS事務局からも、全力で応援するよと言ってもらえました。特に第一号のため、成功しても失敗しても良い知見が生まれる、という点で判断をされたと感じています。必ず恩返しができるようにと考えています。出向人事の他、知財の利用許諾・譲渡などの面においても、我々に配慮をしてもらい、スタートアップとしての資金調達を妨げない形で条件を設定してもらいました。
リコーには自分の職域から少しはみ出す人や、助け合う精神が強い人が多く、就業時間外であっても無償で支援をすると言ってくださる方も多くいます。そんな社風であることを一歩外にでてより強く感じました。
4人の経営者としての覚悟と自由度
―― 起業して約半年ぐらい経ちますが、心境や時間の使い方に変化はありますか。
灰谷 完全に4人の自由裁量でやれるのは大きいですね。これまでは、稼働の半分くらいを社内につかっていた気がします。今はシンプルに100%の時間をお客様と製品だけに向き合うことができています。
4人が個人資本を投入していますので、どう使うか、いつアクセルを踏むか、共通の尺度で物事を考えられることができるようになった点も、大きな心境変化かと思います。これにより団結力が格段にあがりました。4人の異なる個性で話合いますので、意見の違いが出ることも多いですが、向かうべき方向性と仕事の優先度を議論し、必ず短時間で結論をだします。
―― 今後の事業展開をお伺いできますか。
灰谷 まずは自己資本と補助金でMVP(Minimum Viable Product:顧客に価値を提供できる最小限のプロダクト)を作り、新しい世界観が受け入れられ、本当に場の活性化につながり喜んでいただけるのか着実に検証することが最初のステップです。リアルな施設を運営する事業者様、コンテンツクリエイター様、イベント会社様などと共に、体験を作り込んでいきたいと思います。
その後のスケールプランは、多用途展開・グローバル展開など様々な夢を描いています。アクセルが踏めると判断した時点で、外部資金調達も含めた展開を検討予定です。
灰谷 公良(はいたに きみよし)氏
1999年 株式会社リコー入社
ITインフラエンジニアとしてスタートし、複数のプロジェクトマネジメントを経てIT戦略企画の組織職に従事
経営企画部で経営マネジメント、機構改革を担当
新規事業開発部において事業テーマリーダーを経て、社内起業アクセラプログラムで提案したテーマが採択される
「立体映像システムによるリアルな場の活性化事業」について
グラスレスで立体映像を楽しむことができる映像システム(Volumetric Display)を独自開発しており、新しい映像表現手法としてさまざまな用途で展開する計画です。
当事業においては、用途展開の第一ステップの位置付けで、”メタバース空間を切り取り、現実空間に投影するサイネージ”として、体験施設・商業施設・各種イベントなどの、リアルの場の賑わいづくりに貢献いたします。
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