『出向起業』だからこそできた”早めの失敗”と”ピボット”|株式会社休日ハック 田中 和貴氏 #2
前回インタビューから約1年。“出向起業”により事業化を進めてきた休日ハックが、このたび出向元であったライオンからの資本参加を受けることとなった。出向起業スキームの先進事例として、今回の資本参加に至るまでの背景などを田中代表に伺った。
“休日ハック!”で浮かび上がった課題をもとに”おうちハック!”を開発し、利用ユーザー数が増加
―― 起業当初から現在までの歩みをお聞かせください。
株式会社休日ハックは2020年2月に設立しました。親元企業であるライオン株式会社からの資本は全く入っておらず、GCPJ(Global Catalyst Partners Japan)から約6,000万円の出資を得て起業しました。本事業のアイデアは社内の新規事業開発コンペティションをきっかけに着想し、出向起業補助金の支援を受けながら事業化、そしてこの度、2022年1月にライオンによる資本参加を受けることになりました。
―― 1年前と比べてサービスラインアップが追加されているんですね。
当社には二つの主軸サービスがあります。体験型サービス「休日ハック!」と「おうちハック!」です。
休日が無駄になっている、マンネリ化している、何かしたいが情報が多すぎて決めきれないという若者の悩みに対し、パイロット体験や酵素風呂体験など、日常では味わえない体験を提供するサービスが「休日ハック!」です。このサービスはお客様の満足度も非常に高く、インフルエンサーとのコラボレーションやメディア露出もしながら2万人を超える登録者数に至ったのですが、登録者数に対し依頼数が伸び悩んでいました。さらに首都圏限定としているサービスを全国展開させることの難しさや外部要因(天候や新型コロナの影響)など、事業運営上の課題が見えてきました。
そこで始めたのが「おうちハック!」です。
休日ハック!のお宅版のようなサービスでして、老若男女が自宅で楽しめる体験キットが自宅に届きます。陶芸、そば打ちなどの種類がありますが、どんなキットが届くかはサプライズになっています。おうちハック!はリリース後4ヶ月で登録者数が2.5万人を突破し、累計で5,000件以上の依頼を受けています。ここ数日は、新型コロナの感染者数も増え外出できないご家庭も多かったため、一日で100件の依頼がありました。さらにリピーターも徐々に増え始め、回数券やパック販売もできないかというご要望をいただいています。
出向起業だからこそできた”早めの失敗”と”ピボット”
―― 当初「休日ハック!」を軸とした事業でしたが、途中で「おうちハック!」もリリースされました。このピボットに至った経緯について教えてください。
これは実際にやってみて分かったことなのですが、考慮しないといけない外部要因が多すぎるという課題がありました。例えば申込から体験希望日までのバッファ日数、人気の体験の空き枠、そしてコロナ、天気、台風など…。それらが全てマッチした時しかサービスが提供できず、我々の限られたリソースではスケールできないことが分かってきました。そこで、コロナ禍でも外部要因を減らして自らコントロールできるビジネスモデルとして、おうちハック!を企画しました。
―― 社内コンペから育ててきた愛着のある「休日ハック!」をピボットすることに葛藤はありませんでしたか。
もちろんありましたが、出向起業でやっていたからこそ、早々におうちハック!にピボットできたと思います。これは出向元に限ったことではないのですが、大企業内部に在籍した状況だったら、コロナ禍などの外部要因を言い訳にして、リリースを遅らせたりしつつ、成功も失敗もしないまま、ずるずる続けていたのではないかと思っています。
―― この意思決定には、外部VC等のアドバイスもあったのでしょうか。
おうちハック!をリリースしたのは2020年12月ですが、同年3月(新型コロナが流行り始めた頃)からピボット前提で事業を進めるよう助言をいただいておりました。
本事業のKPIとして、月間アクティブユーザー数を設定していたのですが、このKPIを上げるためにどうすればよいか、数字と結果にコミットしていくことをGCPJの指導のもと意識付けられたことが、早々に意思決定ができたことにつながったと思います。
―― 今後の事業展開について教えてください。
「休日ハック!」と「おうちハック!」それぞれの特徴を踏まえて両事業を進めるつもりです。
休日ハック!のメインターゲットは首都圏在住の20~30代でありその数は限られますが、「そのサービス、面白そう」という外部からの評判が良くブランディング効果を期待しています。他方、おうちハック!は若者以外にもファミリー層、シニア層などターゲット数が格段に増えるほか、事業運営がしやすいという特徴があります。
休日ハック!も今後、ニーズが拡大した際には、オペレーションコストを減らす(サブスクモデルを考える、体験日を指定することを無くし外部変数を少なくするなど)を考えていきたいと思っています。このあたりの試行錯誤はやってみないと分からないし、失敗してみないと分かりません。失敗してもよいのが出向起業の凄いところだと実感しています。
おうちハック!によるKPI達成と、自由度を失わない形でのライオンの資本参加
―― 2022年1月にライオンによる資本参加を受けることが公表されましたが、この背景について教えてください。
予め設定していたKPI(月間アクティブユーザー数)が目標値を達成したので、ライオン、GCPJ、弊社の3者での交渉が始まりました。弊社はGCPJの「ストラクチャード・スピンイン(SSI)投資モデル」により出資を受けており、予め設定された優先交渉権により、ライオンが弊社を買収するかどうかを検討しました。
交渉時点では、「ライオンによる100%買収」か「完全独立」かの二つの選択肢があり、結果的に前者の判断が下されたわけですが、仮にライオンに要らないと言われたとしても、休日ハックを捨てるという選択肢はありませんでした。休日ハック!やおうちハック!をどう伸ばしていくかを真剣に考えていましたし、一緒にやってくれる仲間もいましたので、その際は完全独立に向けて、本気で他のベンチャーキャピタルを探したと思います。
―― ライオンに戻った後は、”休日ハック”をどう伸ばしていくのでしょうか。
ライオンの経営幹部と話をしまして、「自由に意思決定をして動けるようにしてほしい」と伝えました。
結果的にライオンに戻ることになりましたが、相談に乗っていただいたライオンの経営幹部は非常に寛容であり、「事業として面白くなるのであれば無理にライオンに合わせる必要はない」「お客様を引き付け、お客様に満足されるサービスに育て上げてほしい」と言われた時の感動は今でも忘れません。
経営会議に陪席して休日ハックの説明をさせていただいた後、参加者へメールでお礼を申し上げたところ、全員から返信をいただいたんです。会社経営における心得を教えてくださった方もいらっしゃいます。役職もない一社員である私に、経営幹部全員が丁寧に返信してくださったことに、とても感激しました。
―― 経営幹部の寛容さが伝わってきますね。「自由にしてほしい」とは言うものの、ライオンの子会社となることでの制約はないのでしょうか。
決算時期を今よりも早めないといけないとか、数字面の報告をしなければならないなどはありますが、これまでもGCPJに対し報告をしていたため、大きな違いはありません。
それ以上にライオン社内で休日ハックの人材募集ができたり、通常のスタートアップ企業では調達が難しいほどの資金援助をいただいたり、ライオンの協賛番組やメディアとのコラボレーション記事を活用できたり。ライオンの人材や資金、広報面などのアセットを使わせてもらうことができます。
―― 資本参加の前後で、採用やチームビルディングの考え方は変わりましたか。
ライオンの資本参加前は、二名の出向社員、業務委託、インターン生で運営していました。
ライオンの経営幹部からは、専門的な人材を採用する際にはライオン社内ではなく外部から採用するようにと助言を受けたこともあり、事業の状況に応じてその都度自身で判断しながら、関係者を拡げてきました。ライオンに戻ることが確定した際に、外部から新たにシステムエンジニア、デザイナー兼企画職を採用しています。
これが出来ないなら辞めてやる…くらいの気持ちだったから頑張れた。今はライオンに恩返ししたい
―― 田中さんを送り出したライオンの視点で、出向起業のメリットとデメリットはどのようなことだと思いますか。
出向起業の企業側のメリットは①スピード感をもった新規事業開発が可能、②社内新規事業人材の育成、③企業PRの3点だと考えます。
まず①に関しては大企業のガバナンスを外すことで自由に発想をし、関連部署等との調整もなくスピーディーに事業検証が出来る点です。私自身も今日決めたことを今日出来るスピード感は新規事業開発を行う上で非常に重要だと感じております。
②についてですが、出向起業では社長として事業を推進するため、様々な意思決定を行います。その意思決定を行うプロセスで調査や実験を繰り返しながら学んでいくので非常に成長した実感があります。
③に関してはスピーディーに事業開発を行うことが出来るので事例紹介や新価値創造を行っている企業であることを世間にPRできると考えます。
ライオンの経営幹部からは、「前提として、会社経営に対し数字で貢献すること。その上で学び(人材育成やノウハウ還元)、ブランディング(広報・採用)につなげること。」という助言をいただきました。なので、結果にコミットして事業を進められる点が一番メリットは大きく、その副産物として学びやブランディングがあると思っています。
―― 送り出す大企業の方々からは「出向起業したら、楽しすぎて辞めてしまうのでは?」という質問を良く受けるのですが、田中さん自身の今後のキャリアパスについて教えてください。
まず前提として、元々これが出来ないなら辞めてやる…くらいの気持ちだったからこそ、頑張れたところはあると思います。そう思ってやってきた過程で、ライオンの経営幹部の寛容さに触れて、今はその恩返しをしたい気持ちでいっぱいです。
実は将来、私の夢だった定食屋さんをやりたいと思っているんですが、もう少し先の話になりそうです。仮にやったとしても、そのまた数年後にはライオンに戻ってきたいと思っています。
これからの時代、人材を一つの会社に縛り付けるような制度は変わっていくと思っていますが、ライオンは本当に寛容で、時代の先端にいる会社だと改めて感じました。
―― これから出向起業に挑戦する人に向けて、メッセージをいただけますか。
私自身、これまでの人生の中、学生時代の部活動でも趣味でも何かをやりきった経験が一度もありませんでした。社会人になり、私の場合は仕事で「何かを成し遂げて、泣く」という経験がしたいという思いを抱いていましたが、社会人生活は満足のいくものではありませんでした。
そんな中、偶然にも出向起業をする機会を得ました。
このまま大企業で働き続けていたら、自分がさぼっていても会社はつぶれないだろうという思考の悪循環に陥っていたかもしれませんが、今はそのようなことはありません。毎日が真剣勝負です。出向起業のおかげで、自分自身の殻を破ることができましたし、様々な幸運にもめぐまれ、休日ハック!・おうちハック!の事業化に成功しました。そして何よりも大きいのが、出向して一度外に出ることで、親元企業であるライオンの寛容さと偉大さに気付けたことです。
新規事業開発の方法は社内でやる、社外でやるなど色々ありますが、前提としてチャレンジすることが大事です。失敗を恐れてチャレンジしなければ、何年経っても成長していない、前に進んでいないという状況になり兼ねません。もちろん出向起業には失敗も成功もありますが、是非、積極的に活用いただきたいですね。
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