ベンチャーキャピタルからみた ”出向起業” とは|大企業におけるカーブアウトの意義と出向起業 #1
はじめまして。みらい創造機構の高橋です。
我々、みらい創造機構は技術開発系の所謂ディープテックと呼ばれるスタートアップへの投資を積極的に行うVCで、投資業務の一環として大企業からのカーブアウトベンチャー創出の支援を行っており、今年度は出向起業補助金における事業化支援機関として参加しています。
これまでの事業化支援活動をふまえ、大企業の皆様が持たれる共通の課題認識や、その課題に対してどのように取り組んでいるか、等、現在、出向起業の利用を考えている皆様に役立つコンテンツをお届けしていきます。
第一回目となる本記事では経産省主導の新規事業創出支援策である「出向起業」とはどのような制度なのかを、事業化支援機関であるVCの立場からご紹介します。
1. なぜ新規事業開発に取り組むのか
社会情勢の変化や、技術革新を背景に、消費者のニーズは日々多様化しています。故に事業体である企業は、消費者のニーズに合わせて新たなサービスや商品を提供し続けることが求められています。
国内のマクロトレンドとしては、人口減少などによる市場成長停滞や、SDGs等の新たな社会的ニーズへの対応も重要な経営課題となっています。
これらの解決策の一つとして、これまで自社の基幹ビジネスがターゲットとしていた市場以外へ参入し、成長が見込まれる分野でビジネスに取り組むことが求められています。
同時に、祖業を始めとする基幹ビジネスにおいても、他業界からの競合プレイヤの参入による競争激化や、事業ライフサイクルの短期化により、既存事業だけでは持続的成長が困難なケースも増えております。
このような社会環境を背景に、新規事業開発の必要性が日々増していることは、皆様も実感のあるところではないでしょうか。
2. “出向起業”の狙い~新規事業開発のための人材発掘
新規事業開発の必要性を改めて振り返りましたが、では実際に新規事業を創ろうとなった場合、直ぐに上手くいく施策につなげることはできるでしょうか。
新規事業開発のためには、ヒト、モノ、カネ、それぞれ重要ですが、弊社でお受けする新規事業開発に関する相談の多くはヒトに対する課題に集約されています。
特に、既存のオペレーションが確立した事業とは異なり、全く新しいビジネスを創るには、経験やスキルと同様に、マインドセットも重要であると考えられており、「そのような起業家精神を備えた人材が社内にいないのではないか」という悩みは、多くの企業にとって共通の課題のように感じられます。
では、本当にそのような人材は皆様の会社にはいないのでしょうか。
「起業家精神を備えた人材がいない」という課題がある一方、皆様の会社でも(特に)若手職員の離職について、議論されたことはないでしょうか。
日々起業の相談を受ける身としては、まだまだマジョリティではないものの、スタートアップへの転職や起業を志す若手の職員が増えているように思います。
“出向起業”とは、そのような潜在的な起業家を、企業と我々のようなVCが一緒に支援し、新規事業を社外で創っていこうとする取り組みだと考えております。
“出向起業”では、何もしなければいずれ起業してしまうような人材を、自社のアセットを活用して起業できる制度を整備することで新規事業開発への取り組みを促し、また大企業に所属しながら起業するという、ある種のセーフティネットを用意することで、新規事業への挑戦のハードルを下げ、イノベーションを起こすスタートアップを増やしていく狙いがあります。
3. 出向起業制度の概要
改めて、”出向起業”制度とは企業に所属する職員が辞職をせずに、外部VC等からの資金調達や、個人資産を活用しての起業を促す制度です。各種起業した新会社に出向し新規事業を開発する際、経産省から補助金が交付されます。
(※本連載では本制度との整合を取り、”出向”という単語を使ますが、実態としては企業に所属しながら、起業を許可するような処遇・待遇全般と考えて頂ければと思います。詳細は事務局である一般社団法人社会実装推進センター(以下、JISSUI)までご照会ください。)
起業するスタートアップの株式の内、当該出向元企業の保有率が20%未満であることが条件となり、必ずしも元企業の出資を求めるものではありません。
また補助金の対象となるのは、試作・PoCに係る外注費・委託費・材料費等となり、PoC(実証実験)など新規事業開発を行うにあたり必要となった費用の2分の1を上限に補助が行われます。通常は最大500万円が上限額となりますが、ハードウェア開発が関わる事業については最大1000万円の補助を受けることが可能です。
図1の通り、制度全体のマネジメントはJISSUI等の外部組織によって行われます。新規事業案のある企業に所属する職員が立ち上げたスタートアップへ出向し、アクセラレータが起業前からが事業推進まで経営のメンタリングを実施します。事業に必要となる資金は、主に我々のような外部VCから調達することを想定しております。
これまで2020年~2021年の計4回の公募にて24社のスタートアップが”出向起業”制度を活用しており、デンソー、DeNA、JR東日本関連会社、関西電力、等の大企業職員がスタートアップを立上げています。
4. VCからみた”出向起業”の位置づけ
今回は、”出向起業”の狙いについて少し丁寧に説明させて頂きました。
まとめとして、日々、”出向起業”を活用している大企業とスタートアップ、そして現在活用を検討している皆様とディスカッションさせて頂く中で感じている”出向起業”に対するVCとしての期待をお伝えできればと思います。
”出向起業”で相談を受ける事業は大きく、①社内の未活用技術シーズ起点の起業、②自社事業において感じた課題起点の起業、③個人の関心を起点とする本業とは全く関係のない起業、の3つに分けられるように感じます。
①の「技術シーズ起点の起業」では、研究開発を長く続けている技術が社内の戦略と一致せずに、自社内ではこれ以上の事業開発の予算が割けないようなケース、が分かりやすいイメージかと思います。
企業の優秀な研究者の方々が研究開発に取り組んできた技術の社会実装に立ち会えることは、キャピタリスト個人としても大変光栄なことであり、また技術の完成度は総じて高いため、マーケティングや用途開発のための資金を我々VCから調達することで、大きなビジネスに成長するポテンシャルを備えています。
②の「課題起点の起業」では、自社事業の現場オペレーションを通じて感じた課題を解決するサービス/プロダクトを、スピード感を持って社外で開発するようなケース、が分かりやすく、近年市場としても期待が高まっているバーティカルSaaS等も含まれます。
本類型の一番の強みは、課題に対する深い理解だと思います。
サービス/プロダクト自体の開発や、事業拡大のノウハウについては、ある種のスタンダードが確立してきており、多くのVCからのハンズオン支援の一環で補える領域になってきておりますが、サービス/プロダクトのグランドデザインを支える業界知見は、キャッチアップが難しい領域です。
業界外からは課題があることすら知らないというケースも多くあります。ただし企業の中では、一度新規事業を企画してからのピボットが難しい(予算が柔軟でない)ことや、社内説明の為に割く時間が多いこと、エンジニア人材が不足している(社外に開発パートナーに発注する必要がある)こと、等スピード感を持って事業を拡大することに適していない要素も多いため、”出向起業”により急拡大する余地があると考えています。
③の「個人の関心起点の起業」に関しては、これまで積み上げたアセットや業界知見の活用は難しいため、多くの場合他のスタートアップと同じ条件で戦うことになります。そのために、起業するテーマや所属元の企業にとっての意味合い等、丁寧にディスカッションさせて頂くことがあります。
難しい領域ではありますが、飛び地の新規事業開発は大企業にとっても課題の一つであると認識していますので、”出向起業”を活用することで、リスクを抑えながら探索することができるのは大きな意味があると思います。
以上のように、VCとして”出向起業”を活用するスタートアップに対し大きな期待があります。
ただし、より大局的な話をさせて頂けるのであれば、(大変僭越ながら)大企業の皆様には、5年後10年後を見据えた”出向起業”の上手い活用の仕方を考えて頂きたい、という思いがあります。
あくまでスタートアップであり、”出向起業”を活用した全ての事業が成功するとは限りません。上手くいかなかった事業からどのような学びを得るか、”出向起業”を活用し、起業して戻ってきた職員に対しどのような役割を与えるのか。
”出向起業”制度の本質は、短期的な起業促進の取り組みではなく、中長期的に新規事業開発に取り組む人材プールを拡充することであると思いますので、皆様とざっくばらんなディスカッションの機会を頂けると、我々としても有難い限りでございます。是非とも、お気軽にお声かけください。
解説者 高橋 遼平氏
株式会社みらい創造機構:執行役員/パートナー
京都大学経済学部卒業後、三菱商事株式会社入社。建設業界向けクラウドサービスの事業開発に従事し、同事業のカーブアウトに貢献。 同社退職後、医療系大学発ベンチャーを起業し、大手事業会社へのM&Aを実現。 また、戦略コンサルティングファームのアーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社にて、新規事業戦略策定等に従事。みらい創造機構では、キャピタリストと投資先の経営支援に取り組むグロースチームを兼務。
東京工業大学 環境社会理工学院 イノベーション科学系卒業。博士(工学)
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