【勉強会レポート】なぜ”大人の学び直し”が必要か?効果的な大人の学び直しを行うには?
産業人材の学び直しを強く後押しする、高等教育機関における共同講座創造支援事業が今年度もスタートしています。
この事業では民間企業内の高度人材育成を後押しするため、企業が大学等の高等教育機関とタッグになり自社人材を中心とした学び直しを行う「共同講座」の設置を支援しています。
しかしながら、高等教育機関が学内で行っている教育と、産業人材の人材育成は性質が異なる部分も多く、「ただ大学の講義を社員に受けてもらう」だけでは不十分な部分もあり、共同講座の人材育成効果をより高めるためにはいくつかのポイントを抑える必要があります。
そこで、今年度はJISSUIとして「効果的な大人の学び直しを行うには?」「社員の学び直しを企業価値に繋げるには?」という重要な二つのテーマをフォローアップするために、申請を検討している方々向けの勉強会を開催しました。
今回の記事ではその勉強会のレポートをお伝えします。
(勉強会の動画は一般公開されております。本記事を読んで興味を持たれた方はぜひ動画をご覧いただくことをお勧めいたします。)
勉強会の第一部では「効果的な”大人の学び直し”のポイントと成果指標の定め方」というテーマの元、パーソル総合研究所の井上氏と産業能率大学の齊藤教授にお話をいただきました。
はじめに、学び直しが今なぜ必要か?学びの中で何を目指すのか。
井上氏にはご自身の研究テーマの一つである人的資本経営の観点から、「今なぜ学び直しが必要なのか、そして学習効果として何を目指すことが重要か」ということについてお話をいただきました。
人的資本投資の必要性
日本は将来的に人口減少が予想されており、この中で生産性を維持するためには、人的資本投資が必要不可欠です。しかし、日本の就業者は「現状維持志向」が強く、社外での研修・セミナーへの参加率が最も低いという状況にあるそうです。このような状況が続くと、日本の人材競争力が年々下がっていくことになり、企業側でも技術革新によって必要となるスキルと、現在の従業員の現有能力にギャップがあることを認識するようになっています。
一方で、投資家も人的資本に注目しており、研究開発やIT投資に加えて、人材投資にも高い関心を持っています。これは、人的資本が生産性向上に直結すると考えられているためであると考えられます。また、人的資本への投資は、個人の健康状態の改善、幸福感の向上、社会的結束の強化など、非経済的な利益をもたらすとされています。
人的資本投資としての学び直し
このような背景から、今後の学びには人的資本への投資が求められます。ただし、これまでの学びには実務に直結する学びや成果に直結する学びが多く、学習効果として何を目指すのかが問われるようになっているとのことです。学びの入り口を狭めず、幅広く学ぶことで、人的資本を高めることが必要です。
このように、日本の就業者は今後、自己研鑽に対する意識を高め、積極的に学び、人的資本を高めることが求められるようになっていきます。井上氏のお話から、このような傾向はますます強まっていくように感じました。
では、「共同講座」の設置のように、企業が学び直しを積極的に後押ししていくために、どのような点に気をつければ良いのでしょうか。続く齊藤教授のパートでは、「効果的な大人の学び直し」という観点から実践的なお話をいただきました。
人材育成施策の効果を高めるための3つのポイント
勉強会の中で、人材育成施策の効果を高めるために重要なポイントを3つご紹介いただきました。このレポートの中ではそれぞれを簡単にご紹介いたします。
ポイント①:「研修転移」を意識する
まず齊藤教授は「研修転移」というキーワードを軸に、社会人である大人の学びと、学校教育での子供の学びの違いについて言及されました。
大人を対象とした人材育成活動の多くは子供を対象とするものと異なり、企業の戦略や組織課題、目標を達成する手段として人材育成の活動が行われます。
そのため、研修で学んだことが現場の実務で実践されること、成果につながること、成果が持続する事が大切です。ですが実態としては学んだ内容が活用されない、研修と実務の間に少し断絶が生じているケースが多いという問題があります。
実際、研修と実務の間の断絶、研修で学んだことの60-90%は職場で実践されないという研究結果もあるそうです。
このような状況に対して、研修で学んだことが実際に実務で実践され、良い結果につながるようにすることを「研修転移」といいます。
この「研修転移」という作用を促せるように、勉強会の中では研修実施前/研修中/研修実施後の3段階それぞれについてどのように考えるべきかアドバイスいただきました。
実施前:学習内容と実務の接続を示しながら関心を高めさせる
研修転移を促すためには、学んだことが現場で活用できる状態にすることが重要です。そのためには、研修設計の時点から学習内容が実務での状況にどう活用可能か?を考え、少しでも学習内容と実務の状況を近づけることが重要となります。現場でどう使うか?が想像できない学びを得ても、実現場で活用できないことが多いということですね。
そのためにも、現場でどう活用するか?を想起させるためには事例の紹介を効果的に盛り込むことが良いと考えられます。
また、上司の関心を高めるというのも、忘れがちですが重要なポイントです。学び直し自体をいかに上司が応援してくれる設計にできるか?というのは、研修設計時からフォローすべきトピックですね。
実施中:現場での活用を常に想起させ研修後の姿を考えさせる
研修中には、まさしく現場を想起させるような介入が重要になってきます。学びの途中に現場での実践をさせるような問いかけを行ったり、そのための事例を紹介したりと、学びをただ学びで終わらせないためのコミュニケーションをとっていく必要があります。
その意味では、研修後の行動目標を研修中に設定してもらうのも効果的です。実際に学んだものを自分の現場でどう使うのか?それによって業務をどう良くしたいのか?具体的な目標を学習中に設定させることで、学びはより目的志向になっていくでしょう。
実施後:受講者のコーチングと受講者上司への働きかけ
研修の全カリキュラムを走り切ったら終わりではありません。終了してから研修転移を促すためにできることはまだあります。むしろ、ここまで学んだことを「さぁ、自分の現場に生かしていくぞ」というフェーズに入っていくので、実践を手厚くサポートをすることで効果を高めていくことができるのです。
継続的にコミュニケーションができる仕組み・学習環境を整え、個別のコーチングをしていきながら学びを実践していくことをサポートしていくのがいいでしょう。また、研修前からずっと行ってきた上司のコミットを引き出すことも、継続していく必要があります。
学びを実践していくにあたり、周辺まで全てサポートしていくのが研修転移を促すために重要ということですね。
ポイント②:「インストラクショナルデザインプロセス」に沿って設計する
続いてポイント2つ目、インストラクショナルデザインプロセスです。インストラクショナルデザイン(Instructional Design:ID)とは効果の高い研修を設計し、実施するための方法論です。教育工学などで研究されてきた分野で、研修のプログラムや教材を実際に開発する上で、プロセスに沿って作ると利点があるという考え方です。勉強会ではそのうちのADDIEモデルのA(Analyze)とD(Design)という2つのパートをご紹介いただきました。
効果の高い研修プログラムを実施するには、カリキュラムの中身からいきなり着手するのではなく、A(Analyze)パートにおいて教育ニーズや学習目標、評価基準の設定を行うことが重要になります。
分析の結果、職場における教育ニーズを特定し学習目標を設定するという、ある種当たり前と思われることが研修効果を高める上で非常に重要であるとのことでした。全部は共同講座で解決できないため、共同講座の研修プログラムで解決できるニーズに焦点を当てて、講座を立ち上げましたというストーリーをつくることになります。
まさしく、今年度の「共同講座」事業において重視している「事業戦略と教育ニーズの整合」「講座による学習効果の評価」がここに当たりますね。
また、意外にも重要であると気付かされたのは、「受講者の上司など、利害関係者のニーズを把握・分析する」という点についてです。確かに、直属の上司の理解がない場合、研修中に仕事が舞い込んできて講座を中座をすることなど容易に想像がつきます。それだけでなく、研修で学んだことを職場で活用しようとアクションを起こそうとしても、研修受講に対する理解のなさからそのアクションを疎まれたり強く反発されたりと、周囲の理解がないと、学びと職場実践の断絶を引き起こす原因になりうるのです。
そして次のD(Design)においていよいよ研修プログラムの中身を設計していきます。この時、思いつくままに中身を設計していくのではなく、既存のフレームを元に設計していくと全体を構造的に構築することができます。
今回の勉強会では「導入→展開→まとめ」という構造を例に説明いただきました。
研修全体を「導入」「展開」「まとめ」で構造化していく中で、各セッション各回で導入⇒展開⇒まとめ、という風にまとめていくと受講者の頭もすっきりするのではとのこと。研修を観察させていただく中で、まとまりがばらばらな研修も時々あります。受講者の頭の中を整理するようなデザインをしてみてください。
いろんな項目を各ワークショップで勉強していくと思いますが、ばらばらに学ぶよりもストーリー性を意識し、つながりのある学習項目の結びつけをしていくと、受講者の頭の中にも残りやすいと思われます。
このような説明からもわかる通り、整理されたストーリーがあれば受講者の理解が促進されます。ストーリーを組み上げていくために次の三点の流れをガイドにしていくと、構造化が進みそうですね。
①「単純なものから複雑なことへ」積み上げる流れ
②「既知から未知へ」
③「概念の大きいものから小さいものへ」「全体から部分へ」「一般論から特殊論へ」など、人間の意味把握の仕方に合致した流れ
いずれにせよ、「重要なコンテンツから並べていく」のではなく、「ニーズを特定し」「ストーリー立てて」「講座を構造化する」のが研修効果を高めるコツのようです。
ポイント③:「学習環境のデザイン」に留意する
3つめ、最後のポイントは「学習環境のデザイン」についてです。
仕事の現場で、職場の中の活動や人脈やツールを使いながら新しい考え方を身に付けたり行動を変えて行ったりすることを”学習”と考えることができるそうです。
いわゆる研修プログラムのような狭い範囲で学習を捉えるのではなく、職場全体を学習環境と位置付けて学習が起こりやすい職場環境を作っていこうという考えが心理学に関連して出てきたそうで、それを学習環境デザインと呼ぶそうです。では何をデザインしたら良いのでしょうか。
勉強会の中では「空間」「ツール」「活動」「共同体」の4つが紹介されました。
いわゆる物理的な環境だけじゃなく、関係する活動やコミュニティなども学習環境と捉えて、デザインしていく必要があるとのことです。
学習環境をうまくデザインすると新人もより早く一人前になっていきます。人材育成担当者はともすると研修プログラムのデザインだけにフォーカスしがちですが、職場の誰に新人の面倒を見させるか、どんな場面に新人を活動参加させることがその人の学習につながるのかなど、こういうことを考えていくことも視野に入れていくべきだというのが学習環境デザインの考え方だそうです。
まとめ、効果的な大人の学び直しを行うには?
大人の学び直しで留意すべきポイントとして、共同講座勉強会における井上氏・齊藤教授それぞれのセッションを抜粋してご紹介しました。
大人の学び直しの特徴として、仕事の現場を持ち・そこで成果を上げるために学ぶという具体的な目的があることが挙げられます。そのため、学び直しの効果を上げるというのは、学んだ結果職場の成果によりつながるようにすると言い換えてもいいかもしれません。
そのように、人材育成施策の効果を高めるために重要なポイントを3つ紹介いただきました。
「研修転移」を意識する
「インストラクショナルデザインプロセス」に沿って設計する
「学習環境のデザイン」に留意する
これらのポイントに留意して、共同講座のような大人の学び直しをより効果的な施策にしていきましょう。
このレポートで興味を持たれた方はぜひ勉強会動画本編をご覧ください!
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